君の心に近づきたかった
1
物心つく頃には、親父と2人暮らしだった。
自分の家に母親が居ないと認識した時には、その存在を口にする事に抵抗を感じていた。
建設会社で働いてた親父は、忙しいながらも毎日飯を作ってくれた。
晩飯を食う時は必ず一緒に食べるようにしてくれた。
そんな親父に懐いてたのは、せいぜい小学生ぐらいまで。
中学生にもなれば、放任主義の親父とはほとんど口を聞かなくなった。
それでも親父は毎日、飯を作って一緒に食べてくれた。
高校生になって、親父との距離は益々広がり、口を聞かないどころか、顔を合わす事も減っていった。
夜遊びをして朝帰りをする。
そんな生活を送っていても、親父は毎日飯を作ってくれた。
帰って来たら、狭い食卓には親父が作った飯が置いてあった。
親父の事が嫌いだった訳じゃない。
鬱陶しかった訳でもない。
ただ思春期とゆう壁が、男同士の口を閉ざしてしまったように思う。
そんな日々が当たり前になっていた高校2年の冬に、親父が死んだ。
仕事中に倒れた親父は、病院に搬送されたものの、還らぬ人となった。
遊びほうけてた俺は、親父の最後を看取ることが出来なかった。
心労が祟ったと、親父の会社の人達が話してるのを耳にした。
親父はずっと、どこか悪かったんだと思う。
葬式は、じいちゃんとばぁちゃんがあげてくれた。
高校生の自分には何も出来なかった。
最後の時、久しぶりに親父の顔を見つめた。
年をとったなと思った。
その時初めて、涙が溢れ出た。
親父と暮らしてたアパートは引き払って、じいちゃん家に引っ越した。
同時に高校も辞めた。
すぐに働き出した。
親父と同じ道を選んだ。
建設会社に就職して、金を貯めた。
じいちゃんとばあちゃんには、無理をするなと言われた。
それじゃあ、親父の二の舞になるとさえ言われた。
心配をされる度、「大丈夫」だと言った。
仕事が終われば真っ直ぐ家へ帰って、ばぁちゃんが作ってくれたご飯を、毎日かかさず食べた。
だけど本当は、ばぁちゃんが作ってくれる肉じゃがよりも、じいちゃんがたまに作ってくれるオムライスの方が好きだった。
親父が良く作ってくれたオムライスと、同じ味がした。
25歳になった時、17歳から働いてた建設会社を辞めた。
じいちゃんの協力もあって、自ら建設会社を立ち上げた。
じいちゃんに「良く頑張ったな」と言われた。だけど「これからだぞ」と、厳しい言葉もかけられた。
従業員もぼちぼち増えて、29歳になった今もそれなりに社長をやっている。
じいちゃんとばぁちゃんも元気に生活してる。
もう一緒には暮らしてないけど、すぐ近くに家を借りて、いつでも会える距離に住んでいる。
最近、良い人は居ないのかとばぁちゃんが聞いてくる。
居ることは居るが、こっちが一方的に好意を抱いてるだけで、付き合ってる訳じゃない。
ましてや、相手には他に付き合ってる人が居る。
それに、ばぁちゃんはきっと驚くと思う。
今年30歳になる孫の意中の相手が、高校生だと知ったら…
それはまるで―…
「おとぎ話に出てくるお姫様みたいな子だった」
「…おい勘弁しろ」
「他に例えようがない」
「あるだろ!清楚なイメージだったとか、目がおっきくて可愛らしかったとか!」
「三十路間近のおっさんが、おとぎ話を例えに出さねぇだろ普通…」
「それは俺に失礼だろ」
「見たことない子が居たってゆうから聞いてみればこれだよ…」
「どんな子だった?って言うから、俺が思ったままのイメージを伝えただけだろ」
「普通に女子高生って言えよ」
ケッ…と舌打ちをした拓は、ジョッキに注がれた生をグビグビと飲み干す。
「いや…女子高生ってゆう響きが、何かマズイかと思って」
「はぁ?」
拓ってゆう奴は、昔から一々難癖付けてくる。
「四季ってさ、本っ当にそうゆとこ昔から何も変わらねーな」
拓の言う昔とは、学生時代の頃の事だと思う。
「おまえが言うな」
だけど何も変わらないのは、拓の方だと思う。
拓は昔から何かにつけて理由を求め、やたらと難癖つけてくる奴で。
昔は拓とばかり居て、鬱陶しい時期もあった。
だけどお互い社会人になって、別の道を進んでいる今でも、こうしてたまに会う時間を作っている辺り、気が合うのだろうと思う。
それに、拓は昔から何もかもが的確だ。
「で、一目惚れでもした?」
面倒臭そうに平気で確信を突いてくる。
「四季は分かりやすい」
肯定も否定もしてないのに「あってんだろ」と言わんばかりに話を続ける。
「四季は昔から単純単細胞で、計画性が何もない」
「おまえそれは悪口か」
「嫌いな奴は嫌いだし、好きな奴は好き。それこそどうでもいい奴の話なんかしねぇだろ」
「…そうか?」
「そうだろ!それがおまえ、いきなりバス停に居た女子高生の話なんかすっからよ、分かり易いにも程があんだろ!」
ゲラゲラ笑い出した拓の方は見ずに、テーブルに並んだ皿の上に盛り付けられた刺身を一つ摘んで食べた。
「だけど、」
ゲラゲラ笑っていたかと思えば、不意に落ち着いた声を落とす拓は、
「そんな四季がさ…」
「俺?」
「計画性ゼロで、単純単細胞だから後先考えずに行動して、喧嘩ばっかしてたのによ…」
「やっぱりおまえ悪口じゃねぇかそれ」
「親父さん死んだ時、四季に高校辞めるって言われて、俺がどんだけ寂しかったか知らねーだろ」
「…知らねーよ」
「いっつも後先考えずに、相談もしてこねぇで。俺んとこ来る時はいっつも事後報告ばっかで」
「拓、飲み過ぎだ…」
「そんな四季が、親父さんと同じ道に進んで、一生懸命働いてよ。終いには自分で会社起こしやがった」
「……」
「今じゃ社長だろ」
「…おまえどうしたんだよ」
「うるせぇ!人の話は最後まで聞きやがれ!」
「……」
「良いんじゃねぇか?」
「は?」
「親父さん死んで、おまえ後悔したんだろ?」
「……」
「後先考えずに好き勝手に生きて来た自分を、後悔したんだろ?だっておまえ尋常じゃねぇだろ、17歳のクソガキが、そんなすぐに変われねぇだろ普通」
「だから、それは俺に失礼だろ…」
「後悔して、これじゃダメだって気づいて、四季は変わろうと頑張ってた」
「何なんだよおまえ…今日何か気持ち悪りぃな」
「よく頑張ったな」
「……」
「四季は今までずっと、親父さんへの後悔を背に、じいちゃんとばあちゃんの為に頑張って来たろ」
「そんなんじゃ…」
「おまえは良くやったよ。もう、良いんじゃねぇか?」
「……」
「自分の幸せ見つけろ」
「……」
「相手が女子高生だからって何だ!」
「馬鹿やろう声がでけぇんだよ」
「この13年間、俺はおまえを心配してたんだぞ!」
「はぁ?」
「浮いた話の一つもしねぇから、四季は女に興味が無くなったのかと思って…」
「何でそうなんだよ」
「そんなおまえが女の話したって事は、久しぶりに恋してんだろ!」
「恋って…」
「大丈夫だ。下半身のブランクなんて気にすんな」
「気にしてねぇよ」
「おまえは昔からそこそこモテてたんだから、自信を持っていけ!」
「20歳まで童貞だった奴に言われたくねぇよ」
「それを言うなバカ!正確には19歳でチェリーは卒業したんだよ!」
「あーそうかよ」
「
「そうか、そんなになるか」
笑いながら駆け寄って来る幼い表情を思い出して、ふと頬が緩んだ。
拓の童貞を奪った女は、俺達と同じ高校だった。
もっと言うなら、俺は中学も一緒だった。
女の子らしさのかけらも無い奴で、どっちかと言えば女子に一線引かれてるような女だった。
「俺最初、
拓がそう言うように、周りはいつも、俺と文香は似てると言った。
だけど、
「文香は拓の事がずっと好きだった」
文香から、拓の事が気になると相談されたのは、入学してすぐの頃だった。
「おまえら見てるとイライラしたのを今でも鮮明に覚えてる」
俺と居る時は男勝りな文香も、拓を前にすると急に女になって、何も喋らねぇから進展が見えなかった。
そんな関係が1年続いて、結局俺は2人の交際を見届ける事なく高校を辞めた。
その後の事は、拓から聞いた話でしか知らない。
俺が居なくなって、益々2人はよそよそしくなったと言ってた。
拓自身、俺と一緒に高校を辞めようかと考えていたらしい。
だけど色んな事を考えて決める拓は、きちんと卒業する事を選んだ。
拓の場合、考えすぎて行動するまでに時間がかかるのかもしれない。
そんな拓が考え悩んだ末に、男を見せた。
高校最後の年、18歳の時に文香に告った。
しかも「結婚してくれ」って言ったらしい。
「でもまぁ、本当に結婚しちまうんだからな…」
拓は、文香とめでたく交際をスタートした。
同時に高校を卒業して、拓と文香は進学せずに就職をした。
交際は順調に見えた。
お互い社会人になって、何度か3人で会ったりもした。
だけど、拓は童貞のままだった。
何でヤらねーんだって聞くと、初めてだからどう踏み出して良いか分からないと言ってた。
そんな拓と文香の交際がスタートして1年が過ぎた頃、動いたのは文香だった。
しびれを切らした文香は、さっさと拓の童貞を奪った。
そして24歳の時に、6年の交際を経て2人は結婚した。
翌年長男が生まれた。
太く頑丈な翼で、空高く飛び翔って欲しいと願いを込めて、
「
と命名された。
「今じゃ2児の親だな」
「いやそれが…」
歯切れの悪い言葉を発した拓は、
「四季に報告があってよ」
にやけるように口元を緩めて、
「文香が妊娠した」
3人目の妊娠を知らせた。
「次は女の子が良い」
「良いじゃねぇか別に男でも」
「そりゃそうだけどよ。続けて男2人だったから、女の子も憧れんだよ」
「そうゆうもんか?」
「翔太なんてよ、父親の俺より四季に懐いてるしよ」
「あれは懐いてんのか…」
会う度に戦隊ごっこをしようと言われて、毎回玩具の剣で腹を刺されるイメージしかない。
「翔太は人見知りなんだ。でも四季には良く懐いてる」
「だからって、拓より俺の方が良いだなんて思ってねぇよ」
「どうだか」
「男の子は、どんな時だって親父が一番なんだ。親父の背中ばっか見てる…と、俺は思う…」
やけに視線を感じて、何を知ったげに話してるんだと、自分の発言を恥ずかしく思った。
だけど、
「そうか」
拓は口元を緩めて、頷いてくれた。
「四季は良い父親になりそうだな」
「そんな事考えた事もねぇよ」
「そうか?俺はずっと思ってた」
「それは嘘だろ」
「本当だって!四季には幸せになってほしいんだ」
そう言った拓は、3人目の妊娠の喜びもあってか、今日は酒が進んでいた。
「飲み過ぎだ」
「うるせぇよ!」
「文香に怒られるだろ」
「バカ!それはやべーよ!」
拓が思ってくれる様に、俺だって拓の事を色々思ってる。
心配だってするし、嬉しい時は素直に喜んだりする。
帰り際に、拓は言った。
「四季!俺がツレって事、忘れんなよ!」
「おまえは妻子がある事忘れんなよ」
「ゲッ」
「ゲッじゃねぇよ…3人目も生まれんだから、飲み方考えろよ…」
「四季!」
「なんだよ…」
不意に寄りかかって来た拓は、グッと抱き締めてきた。
「おいおいおい…店の前で男同士が抱き合ってたらやべぇだろ」
「四季!」
「なんだよ…おまえ飲み過ぎだって言ってんだろ、離れろ」
「四季!」
「だから何だ…」
「幸せになれよ」
「はっ?」
「俺は昔っから、おまえが好きなんだ」
「…勘弁してくれ」
「好きな子出来たんなら、ビビってねぇでものにしろよ」
「分かったから…離れろ」
「おまえは、幸せになって良いんだからな」
「…分かった、離れてくれ」
「次は、好きな子に抱き締めてもらえよ」
拓はそう言って、俺から離れた。
「またな」
そのままタクシーに乗って、帰って行った。
拓とは、小、中と学校は違って高校からの付き合いで。高校生活なんて1年そこらしか一緒に居なかった。
なのに、大人になった今でもこうして俺と会ってくれる数少ない友人だ。
拓を乗せたタクシーが見えなくなるまで、俺はその場から動けなかった。
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