第89話

カンッカンッカンッ…



ここの階段は、私がどんなに注意を払ったって常に想像以上に不快な音を発する。




蒸し暑い八月の昼前。


時刻は十一時五十分。



太陽は今日も容赦なく私の今いるこの世界を明るく照らす。





私には嫌いなものが多すぎる。




昼間も嫌いだし、


なんなら朝なんてもっと嫌いで、


この世界に食べ物はたくさんあるけれど、何を食べても同じような人工的な味にしか感じられなくてそれを“美味しい”とはとてもじゃないけど思えない。



今うちのクラスでも話題の駅前にあるドーナツ屋さんだって、見た目がカラフルなだけで私は“見るからに体に悪そうだな”としか思わなかった。


それを食べたいがためにこのうだるような暑さの中何十分も並んでそれを注文し、たかだかドーナツ一つに五百円近くも払うなんて。


しかもその真の目的はドーナツそのものではなく、そのドーナツの写真を撮ってSNSにあげることだというんだから驚きだ。



同じ高校生なのに私にはみんなが日常の中で当たり前にしていることが全く理解できない。






ドーナツを買うお金があるなら問題集でも買ってその空っぽの頭ん中に叩き込んどけよ。







…なんて、


実際そんなことは一ミリも思ってないけれど。






カンッカンッカンッ…カンッ!



「はぁっ…」



大して長くもないその階段を登り終えると、無意識にため息が溢れた。



ここだって私は大嫌いだ。


自分の家なのに全然落ち着かないし、それでもここ以外に帰るところなんてないから私は毎日毎日嫌々ながらにこの階段を上って自分の家であるその部屋を目指す。




部屋に入ったらまずは部屋中にこもっているであろうモワッとした空気を入れ替えるために五分くらい換気をして、それからすぐにエアコンをつけて、それから着替えて———…



頭の中でやることリストを作成していた私に、



「よぉ、ジョシコーセー」



何とも品のない声が聞こえた。


それはここに帰ってくればいつものこと。

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