第20話

私のお尻をしっかりと拭き終えた彼は、そのタオルを洗濯機に放り込んでまたベッドへと戻って行った。


口は濯がなくていいのかと気にはなったけれど、すぐに寝息が聞こえてきたから私はもう声はかけないことにした。



私はきっとハルミを忘れられない彼にとって都合の良い女で、


彼もまた私にとって寂しさを埋めてくれる都合の良い男で、


それから彼はきっとハルミにとってもひたすら愛し続けてくれる都合の良い男で、


もしかするとハルミも誰かの都合の良い女で、…



そうしてこの世界は回り続けているのかもしれない。



…あ、


今になってやっと私はズボンとパンツを中途半端なところまでずり下げたままだということに気がついて、すぐにそれを腰まで上げた。



———…ピコンッ


洗面台の上の段に置いていた私の携帯が鳴った。


それは元カレからのラインを知らせるものだった。



久しぶりだな…



『元気?』



彼もまた、私にとって都合の良い男の一人だ。



『元気だよ。そっちは元気?』


『まぁまぁかな。今日、時間ある?』



そして私もまた、この男にとって都合の良い女だ。


都合の良いものばかりで溢れているこの世界に、幸せなんてものはあるのだろうか。



やっと口を濯いだ私は、寝ている彼の元へ行った。


「ねぇねぇ、」


「……」


「ねぇねぇ、」


「…んー…」


うつ伏せで寝ていた彼は、こちらに顔を向けることなく返事をした。



「私夜出掛けるけど、平気?」


「夜でも昼でも…好きにしな……」


それを最後に、彼からはまた静かな寝息が聞こえてきた。



そこで私はようやく気が付いた。



合鍵を渡された時に言われた“自由に使って”は、


“好きな時に帰ってきていいよ”ではなく、“好きな時に出て行っていいよ”という意味だったのだと。



…あれ、


この人名前何くんだっけ…





…あ、そうだ、返事…



『夜なら平気』


『よかった、俺も夜なら空いてるから。俺の家来れる?』


『うん、行くね』



私は鍵と“お世話になりました”という置き手紙を机に置いて、荷物をまとめて部屋を出た。


荷物はやっぱり大して多くもない量で、あのボストンバッグにはちょうど良かった。




———…ピコンッ



『俺の友達がお前に会いたいって言ってんだけどいい?』


『うん、いいよ』


『ありがとう。ゴム買ってきてくれると助かるわ』


『うん、わかった』




私は今日からまた、知らない誰かの都合の良い女になる。












— 『 世界は「都合が良い」で回っている 』【完】 —

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