猫を探しにきた
雛形 絢尊
第1話
柳六郎は探していた、茶虎の猫を。
まだ若くスリムなボディ、よく鳴くうえに鈴をつけている。
家の外へと逃げ出してもすぐ分かると思う。
しかし、探している。未だ姿が見えないまま既に6時間という時間が過ぎている。
6時間びっしり探していたわけではないが、探しているには探している。
私は小説家であり、書き物をしていながら探していた。
普段は居座らない縁側で筆を書いていた。
筆といってもパソコンではあるが、筆とだけ題しておこう。格好がいいから。
そんなわけで茶虎の猫を探している。
名前は"お麩"さぞ不思議な名前であろう。
何故お麩にしたのか、それは至って単純で我が家に来た時駆け出して、真っ先に台所へ行き、散らかしてある菓子袋やら調味料やらを探り回した挙句、自慢の爪と牙で我が家のお麩をぶちまけたことからだ。
なんて育ちの悪い猫なんだか、全く世話が焼ける。
我が家といったものの、私は一人暮らしだ。
いや、語弊があるのだろうか、私と1匹の猫で暮らしている。
古い古民家に私は住んでいる。築は72年、それはそれは年季の入った一軒家だ。所々が軋む音がして、事故物件でもあるらしい。しかし、私がこの家に決めた時に告知義務がなく、事故物件を捜すサイトでたまたまこの地がヒットしたのだ。
それもそのはず死因は心理的瑕疵、わからずのままである。それでも私はこの家がとても住み心地が良い。
風通しも良いし、独り暮らしでは勿体無いほど敷地も広く、これ以上ないほどいい物件である。
家の周りを説明しよう。
向かって私の家の前は道路である。
道路といっても2分に1回車が通るほどの二車線道路だ。向かって左側に駐車場がこれでもかというほど大きいコンビニ『ハッピーマート』がある。都会から越してきた私からすると聞き馴染みのない店だが、酒や雑誌、日用品やその他諸々、生活には困らない頼もしい存在だ。ただひとつの欠点は夜22時には閉店してしまうことだ。この辺りが真っ暗になる。
娯楽を求めるためには多少時間を要するが、大型スーパー『スーパーマリオ』は徒歩10分ほどの場所にある。
続いて後ろには広々とした畑がある。
そうはいっても1キロほど離れたところには住宅街があり、新築の一戸建てがずらっと並んでいる。
私の家から左側はこれまた厄介な住人、石住が住んでいる。彼も一人暮らしであり、既婚者ではない。
何が厄介かというと、見たところゴミは散乱していて、家事もしない、いわゆるプー太郎というだらしのない中年男性だ。家族もその場を離れ、今は単独でその場所に居座っている。
夜になり、ハッピーマートの灯りが消える頃か、ゲームか何かをやりながら、彼の放つ罵詈雑言が部屋の中まで入ってくる。想像してみてもらおう。
田舎の田園風景を見ながら虫の鳴く音を聞いていると、「あほ!」「鬱陶しいわ!」などの声が聞こえてくるのだ。
私はそのたび嫌気がさす。
それでも夜以外はこの地で過ごすのが好きだ。
夜以外は。
さて、本題へ戻ろう。私は茶虎の猫"お麩"を探している。呼び名を呼びたいが、なんせ変な名前をつけてしまったことだ、「お麩ー」などと呼ぶにも億劫で、
側から見たら怪しい限りである。
いくつか方法は考えた、例えば誰しも思いつく好きな餌を持ち誘き寄せる作戦、私は断念したが、呼び名を呼び続ける作戦。何を思ったのか私は、猫の寄ってくる周波数と、動画サイトで探し、それを流しながら今、自宅の裏、畑を放浪している。
私は猫を探している。時刻はもうすぐ18時を迎える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます