生還者の暁光

みこ

プロローグ

第1話

お金が、ない。


 元旧家、などと言うも烏滸がましいが、その昔はそれなりの家柄であった、と聞く。

 失策を講じたのは、曾祖父であったそうだ。祖父も父も既に亡く、当時勤めてくれていた古参の従者達も既に亡い。また、当時若かった者達も既に高齢であり、そもそも雇うだけの金銭がなく暇を出して久しい。つまり、又聞きでしか当時の事は知らない。

 曾祖父はとある屋敷で放火なる暴挙を働き、牢へ直行、獄中死したそうだ。

 顔も知らない曾祖父はさておき、彼の所業によって御家がどうなったかと言えば、当然位は剥奪され、領地を追われた。祖母に言わせれば、命があっただけ儲けものだったそうだが、楽な暮らしをしてきた彼女は相当な苦労をしたようで、曾祖父の無実を信じてくれた古い友人の援助をひっそりと受けながら、郊外で身を潜めるようにして子を育てた。

 父は当時まだ十にもならぬ子供であったが故に、順応も比較的早かったようで、祖母を支援してくれる手が経年と共になくなると、村娘を娶って炭鉱で働き、生計を立てた。

 そんな父が三年前に亡くなると、辛うじてあった家などというものはあっという間に借金の糧となり、路上生活になるまでにそう時間はかからなかったように記憶している。

 今は母が針子に出ては小銭を稼いで生計を立てている。否、生計が立っている、とは言えない。その日食うにも困る生活も早三年、すっかり年老いた祖母は殆ど寝たきり、母もすっかり窶れて久しい。


 お金、お金、お金、


 喉の奥で呟くように、ミーシャはふらふらと仕事に向かう。

 腹が減って、眩暈がする。こんな状態でいかほどの仕事になるだろうと思わないではないが、働かぬ事には今日の食事はない。

 自分の足に躓いて、ミーシャはよろり、とつんのめる。自分の体を支える力もなく、地面に倒れ込むも止む無しと意識を手放しかけたミーシャの細い腕を、後ろから掴む手があった。

「娘、名は?」

 朦朧としながら、片腕で自分の体を支える者の姿を見上げた。

 すらりと背が高く、汚れ一つない黒いマントに全身を包んだ男が自分を見下ろしていた。全身黒ずくめだというのに、何故か眩しい。

 娘じゃない、と反論する力もなく、ミーシャは虚ろに呟く。

「……お金」

 男は目を丸くして、吹き出すように笑った。

「それが名か?」

 ぐい、とミーシャの両肩を掴んだ男は、自分の方へとミーシャの体を向き直させる。足に力が入らぬミーシャが膝を折ろうとすると、今度は支えていた力を抜いて、へたり込んだミーシャに合わせて男もしゃがみ込んだ。

「買った」

 どさり、と膝元に落ちた革袋の口から、きらりと輝く金貨が見えた、ーーような気がした。

(男なんだけど)

 ミーシャの呟きは声にならず、その場で気を失った。

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