第89話

「竜頭ノ滝、ね…絶対行く!」とにこやかな笑みを見せるエリさんの正面で、サトルさんは所在がなさそうにペットボトルの蓋を開けていた。



「ぜひ!ご迷惑じゃなくてよかったです」


「迷惑とかないよ!お茶屋さんいきたくなっちゃった。滝見ながらとかなんかいいよね」


「そうなんです!あそこは本当にいい場所なんです。特にこしあんのお団子が私は好きで…」




ぶっちゃけ、一皿では足りないと思う。


みたらしも餡子もどっちも食べたい派もあるのが私だった。




「滝を見てるよりも、団子食べてる時間の方が多いくらいだよね、実際」




だけど、ハルナさんは相変わらず飄々と割り込んでくる。


会話に入ってくるのか、入ってこないのか一体どっちなんだ。




幸せな気分に浸っている私に構うことなく、しれっとした顔のまま分かったような口をきいてきた。





「適当なことを言わないでください」


「適当じゃないよーん」


「適当でしょ!もし仮に私が滝よりもお団子に夢中になっているのだとしても、なんであなたがそんなことを知ってるんですかって話です」


「だって俺はいろはのことなら何でも知ってるからねー」


「またそれ……」



丸眼鏡をクイと正すハルナさん。


ポリポリと首をかく。


伸びきった襟元。


そこから垣間見える彼のだらしなさを強調させる。




「いろはは時々、酷なことを言うよね」




ガタンゴトン…。




少しだけ、空気が湿っぽくなったことに私は気づかないふりをした。


エリさんもサトルさんもこの場に配慮してくれたのか、または何かを察してくれたのか、何も聞いてこなかった。





酷、か…。


私には何の行為が酷に値するのかも分からない。


釈然としない。




ハルナさんは、誰なのか。


すぐそこに何かが引っかかってはいるんだ。



木の枝に風船が引っかかってしまって、ジャンプしても指は空を切る。


取れそうで取れない、あの感覚にひどく似ている。

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