(4) 新鹿沼→明神

第81話

新鹿沼駅を発車した"東武日光行き"は、様々な心を乗せて北上してゆく。


涙を完全に拭いきった私はというと、手帳を開いて4月の自分を振り返っていた。こうすると少し気持ちが落ち着く。




よく見ると、この4月始まりのこの手帳は、まだ使い始めて2ヶ月ほどだというのに、捲る部分がかなりくたびれてしまっていた。


物をもっと丁寧に扱うようにしないと、たった2ヶ月でボロボロにしてしまっては、1年間もつわけがない。





──2014年4月21日。月曜日。


"とってもカラフルなスペーシアを見た。断じて鉄道オタクではないけれど、珍しいフォルムをしてる電車を見るとつい気分が高まってしまう。なんだか唐突に日光に行きたくなった。だから思い切って誘ってみることにする"





東京と日光・鬼怒川方面をつなぐ東武鉄道の特急用100系列車の愛称で親しまれている、特急スペーシアは、日光線・東武日光駅発着の「けごん」と、鬼怒川線・鬼怒川温泉駅発着の「きぬ」で運行してる。


あれに乗るのが夢なんだよなあ、なんて。




……そういえば、何に何を誘ったんだっけ。


当時の自分の行動が思い出せないあたり、そんなに大したものじゃないとは思うのだけれど。






太陽の光をたっぷり浴びている田んぼ風景に目を向けながら、私は、5月のページを捲る前に手帳を閉じた。






──学校をサボってしまったけど、今頃先生から連絡来てるよね。





成績ギリッギリで今の高校に入学して、私は美術部に入った。


絵画をはじめた理由は、単純に両親への労いの気持ちからだったけど、次第に彼らだけでなく、もっともっと多くの人に見てもらいたいと思うようになった。


私が生み出したものが誰かの糧になればいい。


それはやりがいに変わり、いつしか夢になった。



地域レベルではなく、もっと広く、もっと多くの人を感動させられるような、全国レベルの美術展で最高峰の内閣総理大臣賞を取ることを目標にして、頑張った。




放課後は毎日夕方6時まで美術室にこもって絵を描いていた。


無理だ、無謀だ、と言ってくる人もいたけれど私は諦めなかった。


やりきらなきゃいけなかったし、やりきりたかったんだ。


とにかく必死で、想いをぶつけるようにキャンバスに色を重ねていた頃が──ずいぶんと、



ずいぶんと────……、







「あの〜…」




その時だ。


隣から透き通った綺麗な声が聞こえて来た。

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