第54話

ヌッと伸びてきた指はチョコがたくさん入った袋の中に。


ミステリアスな丸眼鏡をクイッと上げたハルナさんは、こちらに身を乗り出して一粒掻っ攫ってゆく。




仄かに柔軟剤の香りがした。


もっさりした黒髪が私の前髪に触れる。







「どう? 俺が何者か、分かりそ?」




クスリと口角を上げたハルナさんは、見せつけるようにしてチョコを口の中に放り込んだ。





ああ、なんだこの人…。





「この人、おねーちゃんのカレシィ〜?」





分からないから困ってるんじゃん、と言いたくなってきたところで、横槍を入れられる。


カレシ、なんて言葉、どこで覚えたの。


やたらキラキラした目を向けてくるミユちゃんがいた。





「……なっ」


「そうだよ〜?実はね、彼女はおにーさんのフィアンセなんだ」


「フィアンセェェ〜〜〜?」


「なに勝手なこと言ってるんですか!違うよ?!今の全部嘘だから!」


「ええ〜…違うのお…?ね、ばぁちゃんもそう見えたよねぇ?」





ボリボリとチョコを噛み砕きながら、ハルナさんは満更でもなく笑顔を振りまいている。





……が、冗談じゃない。


何がフィアンセだ。あなたと接点を持った覚えすらないのに、何がどうなったらそうなる。


ていうか先ほど降車していったおじさんといい、どうしてこうも恋人同士に見られてしまうのかも疑問で。





「あ……、ああ、そうだなあ。まるでおしどり夫婦みてぇだ」


「そんな馬鹿な!」






老婦人は何やら少しだけまごついてから、賛同してくる。


ハルナさんは、また窓の外を眺めながら満足げに笑っていた。

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