ep.2 ホームページ作成会社:株式会社ディザスターピース

「スンドゥブスン♪スンドゥブスン♪」




バナナペンギンさんは、今日もごきげんです。




今日は日本のぷち韓国、新大久保に来ています。


新大久保の街は、異国の雰囲気です。駅を降りるとすぐ、賑やかな看板やネオンが目に飛び込んできます。


韓国語の文字が街並みにあふれ、韓国アイドルのポスターや商品が飾られたショップが立ち並んでいます。




スピーカーから流れるK-POPのリズム。道行く人々の足取りも軽くなっています。


しかし、バナナペンギンさんはK-POPには惑わされません。




「スンドゥブスンたらスンドゥブスン♪」




スンドゥブのうたを歌いながら、小滝橋通りを歩きます。




道路の左右にずらりと韓国料理店が軒を連ね、店先から漂うあまくて辛~い香りがおなかを刺激します。


スンドゥブチゲやキムチチヂミの看板が目を引き、窓越しに覗けば、赤く煮えたぎる鍋を囲むハッピーファミリーがこんにちは。




ビルの間に狭く続く路地には、古びた小さな店がひっそりとたたずんでいます。


韓国と日本の文化がクロスオーバーし、独自の雑多な空気が漂っているのです。


路地裏のパチンコで開店待ちをするお客さんからにらまれ、バナナペンギンさんは少し速歩きになりました。




新大久保はいつもどおり山手線沿線中最低レベルの治安を維持していますが、バナナペンギンさんはそんな街で何を探しているのでしょうか。




小滝橋通りの二郎系ラーメン店の2階、マンションの一室。


そこに株式会社ディザスターピースはありました。




「コンコンコンスン」




やわらかい羽ではぺちぺちとしか叩けないので、


バナナペンギンさんはノックを口で言うのです。




特に反応はないのでドアを開けてみるとびっくり。


いきなり、床で社員さんが寝ていました。




しかも――




「生乾き臭がするスン。」




汗と涙とファブリーズをミックスさせた、なんとも言えない臭いが漂っています。これは大変。


そこでバナナペンギンさんはお気に入りのバナナ味のリップクリームを出して、鼻(?)の付近に塗っておきました。


これで臭いオフィスも安心ですね。




「ぼくは天才スン。」




寝ている社員さんは起こさずに、話ができる社員さんを探してみるバナナペンギンさん。


なぜなら彼はやさしいペンギンさんだからです。




奥にはカップラーメンを食べている女性がいました。


早速お話を聞いてみることにしました。




「ぼくはやさしいペンギンさん。好きな食べ物はバナナ。」




「そうだよね。バナナおいしいよね。」




「何を食べているスン?」




「蒙古タンメン中本の北極カップラーメン。」




真っ赤なスープに浸かった麺をすすりながらお姉さんは言います。




「惜しいスン。僕は南極出身スン。」




「そうだよね。ごめんね。」




それにしてもお姉さん、ピアスの数がとんでもないことになっています。




「僕はピアスよりもチョコリングのほうが好きスン。」




「そうだよね。ごめんね。」




お姉さんはとても眠そうです。


言うこともなんだかリピートしてしまっていますね。




「ごめん。私眠い。寝る」




お姉さんはカップ麺の容器をデスクに置くと、片付ける間もなくそのままデスクに突っ伏して寝てしまいました。




「自由な社風は良い社風スン。」




とは言え、さすがに案内してくれる人がいないと会社のことはわかりません。


しばらくして、バナナペンギンさんがキツツキのモノマネをしているとき、ドアが開いて人が帰ってきました。




「こんにちは。ぼくはやさしいペンギンさん。好きな食べ物はバナナ。」




「おう、こんにちは。」




現れたのは、日に焼けたサーファーのような男性です。


バナナペンギンさんは目を輝かせて、サーファー風の男性に近づきます。




「ぼくはやさしいペンギンさん。好きな食べ物はバナナ。あなたの好きな食べ物は何スン?」




サーファー風の男性は、オフィスの空気を吸い込みながら笑顔を浮かべます。




「俺の好きな食べ物?そりゃ、焼き鳥が好きだよ。」




「共食いはいやスン。」




「だよなぁ、ハハッ。ちなみに俺は社長の柴田。よろしく」




バナナペンギンさんは柴田さんに組み付かれ、ハグされてしまいます。


羽をパタパタさせますが、かんたんには離してくれません。


無駄にポジティブなエネルギーに少し圧倒されながらも、本題に入ります。




「ここはどんな会社スン?ぼく、会社のことを知りたいスン。」




「おう、ここ?ここはWeb制作の会社でな。簡単に言うとホームページとかバナーを作っているんだ。」




「クリエイティブスン。社長さんもクリエイティブ人材スン?」




男性は笑いながら肩をすくめます。




「それがな、俺はクリエイティブのこと全然わかんない。」




あまり頭がよくなさそうな社長さんです。


バナナペンギンさんはなんだか楽しくなってきました。




「クリエイティブのことはギリギリ喋れるかな、パターンを2つくらいもっていって、こっちのほうがイケてますよ!って言えやいいんだからな。ただ、ホームページがどんな仕組みで作られているとか、サーバーとかはからっきしダメなんだ」




「よく社長が務まるスン。」




「いやあホントホント。だからかもしれないが、正直言って納期なんて最初から守れる気がしねぇんだ。だってそれぞれの工程でどれだけ時間がかかるかこの俺がわからねえんだからさあ!」




柴田さんは大笑いしながらオフィスの中に入ってきて、バナナペンギンさんに椅子をすすめてくれました。


バナナペンギンさんは両手で椅子をしっかりおさえると、ジャンプして飛び乗るように椅子に着地しました。




「波乱万丈とはこのことスン。」




バナナペンギンさんは、株式会社ディザスターピースの実態が、なんとなく理解できてきました。床で寝ている人、カップラーメンをすすっている人、そしてこの無駄に陽気なサーファー風の男性。この波乱を乗りこなしている人はいないようです。




「みんな寝不足みたいスン。休めないスン?」




「そりゃあ…休みたいさ。でも、クライアントが無理な要求をしてくるんだよ。『このデザインを明日までに』とか、『サイトを一週間で立ち上げてくれ』とかさ。無理だって言っても、『他の会社はできる』って言われるんだ。だから俺たちはそれに乗るしかねぇんだ。」




「乗らなきゃ沈むスン。」




「そういうことだ。」




蒙古タンメン中本のカップ麺を食べていた女性を見て柴田さんは言います。




「一応紹介しておかなきゃな。そこで寝ている女の子がデザイナーのアンナ。俺がキャバクラに行ったときに知り合ってスカウトしてきたんだ。」




「スカウト先が間違っている気がするスン。」




「あいつも昼職やってみたかったらしいからな。別に無理やりじゃないんだぜ。おい、アンナ。ちょっと話を聞かせてやってくれよ。」




アンナさんはむくっと起き上がると、一回時計を見てからまた寝始めました。


おいおい、それはねえだろと笑いながら柴田さんはアンナさんをゆすって起こします。




「アンナ~ちょっとでいいからさ~」




「ちょっとだけですよ。」




アンナさんは首だけをこちらに向けて話し始めます。




「まず、Webデザイナーはなによりも納期優先です。休日出勤を余儀なくされることはあります。」




「確かにそんなイメージがあるスン」




「これはそもそもスケジュールの組み方に無理があったり」




アンナさんは柴田さんをちらっと見ます。柴田さんはスマホを見ているふりをして大胆にごまかします。




「……あとは、クライアントの確認作業が遅れてしまうことでしわ寄せがWebデザイナーにくるというのが結構あるんですよ。」




「課題があれば対策するといいスン。」




「何とかできることはありますが、何ともできないことがほとんどですね。クライアントもたかがWeb制作会社に気を遣ってくれるわけはなくて、チェックが後回し後回しになっちゃったり」




「相手を変えるのは無理だったから自分が変わるしかない例スン。」




「有給もとりづらいことが多いです。もともと、残業多いんで。」




アンナさんはまた、柴田さんをちらっと見ます。柴田さんはニヤッと笑うと言いました。




「そのへんの連携がうまく取れているところはねえから。安心して!それが無理ならサービス業務いてねえからさ!」




「クライアントワークは大変スン。」




喋り終わると、アンナさんはまた倒れるように寝てしまいました。




「それでも、この業界は好きスン?」




サーファー風の男性は一瞬黙って、窓の外を見ます。




「好きかって?まぁ、そうだな。嫌いじゃないぜ。確かにいつもパツパツだけど、その分、達成感があるんだよ。納期を守れたとき、クライアントが喜んでくれたとき…その瞬間だけは、最高の波に乗った気分になるんだ。正直言っちゃうと、頑張るのはアンナたちで、俺は黙って見ているしかないんだけどな!」




「社長も少しは働いた方がいいスン。」




「そうだよな。でもな…やっぱ俺も40だからさ。これから新しく覚えるっていうのもちょっときついんだよな。ただ言えるのが、これがいつまで続くか分からない。」




正直、このままじゃみんな壊れちまうかもな。柴田さんはスンドゥブの湯気のようにつぶやきました。




バナナペンギンさんはその言葉に少し心配になりました。ここにいる社員たちは、いつかその波に押しつぶされてしまうのではないかと感じたからです。




「そんなときは、バナナを食べるスン。元気が出るスン!」




「おう、それいいかもな。ちょっともらうぜ。」




柴田さんはバナナペンギンさんからバナナをもらうと、残っていた蒙古タンメン中本のスープにバナナをつけて食べ始めたのです。




「あっ、なんだろうコレ……この味食べたことあるぞ……」




「汚すぎて吐き気がするスン。」




「思い出した。スンドゥブだ!ちょっと甘めのスンドゥブ!」




そう言って、柴田さんは軽く笑い、オフィスの奥へと消えていきました。バナナペンギンさんは、彼が背中に感じる重い空気を少しだけ和らげるため、スンドゥブのうたを口ずさみました。




「スンドゥブスン、スンドゥブスン♪」




しかし、その明るい歌声も、ディザスターピースの社員たちには届きません。


彼らはスンドゥブよりも、睡眠時間の方が大切なのです。


バナナペンギンさんはごきげんな足取りで、静かにオフィスを後にしたのでした。

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