第8話
三
「お母様お母様ぁ~、こちらのお洋服とこちらのお洋服、どちらの方が良いかしら~」
ダンスホール‟カナリア‟で夜会が開催されて一週間が経った。巴家の朝は普段通り騒がしく、屋敷中に金切り声が響き渡っていた。
長女の千代と義母の美代が山のように洋服を広げている中で、蓮華は黙々と床掃除に専念する。
「あらあら千代さん、こちらの色味は少し地味ではないかしら。せっかくの北大路様からのお誘いでしょう? 私たちは華族なんだもの、一般庶民のような趣向があると思われないように、こちらのお洋服にすべきね」
美代はそう言って、千代が持っていた白地のワンピースを床に放り投げた。
「そうよねえ、友人からも贈り物だったから捨てずに持っていたのだけど……やっぱり地味よねえ」
「そうよ千代さん。巴家の女としてどんな時でも高貴でいなくてはいけないわ。貴族院議員をされているあの北大路様だもの……きちんとお心を掴むのよ」
没落してゆく華族が多くある昨今、政略的な結婚は主流であった。自由恋愛などもってのほかであり、華族の令嬢には、よい嫁ぎ先に巡りあい、一族の血を引く子を産む使命があった。
蓮華は通わせてもらえなかったが、高等女学校では立派な主婦となれるような教育が施される。茶道、生け花、琴、長唄といった稽古事を身に着け、嫁ぎ先に恥じぬあり方を求められた。
義母の美代は、娘である千代と喜代にとりわけ期待を抱いていた。娘を良家に嫁がせることは己の名誉であったのだ。
「はいお母様。北大路様に気に入ってもらえるように、精一杯努めます」
「ええ、ええ。喜代さんにもよい縁談をいただいているし、まるで自分のことのように嬉しいわぁ」
「お父様もきっとお喜びよ。華族の娘として、喜代さんともども立派に嫁いでみせるわ」
美代と千代は口元に手を添えて、優雅に微笑みあった。その一方で――と、床掃除をしている蓮華に冷たい視線を向けた。
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