第19話



 男の子が歩調を緩めてくれたおかげで、後を追いながら、私はまわりの景色を眺める余裕ができた。


 男の子は、私が帰ろうと思って渡ってきた橋をまた渡っていた。


 どうやらこの橋は、来る時に渡った橋とは別のものであったらしい。


 だから迷ったんだと納得しながら、そこから左に曲がり武家屋敷を通り抜け川に沿って歩く。


 そしてこちらが正しかったのだろう橋を渡る。




 やっと見たことのある風景に戻れたことに安堵して、私はゆっくりまわりを見渡しながら男の子の後に続いた。



 南に広がる田のは 水を満々と張って鏡のように山々を映し、あちらこちらで蛙がその声を競い始めている。


 武家屋敷の建ち並ぶ土塀や板塀の向こうからは、夕飯のおいしそうな匂いと子供達の笑い声。


 夕日はとうに山の向こうに落ちているけれど、西の空とそこに浮かぶちぎれ雲が、名残惜しむかのように橙色に映える。


 山々の峰も、まわりの木々も、その豊かな緑を碧く染めてく。


 空の真上に星が輝きだし、東の空には白い半月がくっきりと浮かんでいた。




 ………キレイ。




 こんな時刻に外にいるのは初めて。

 もうすぐ闇が落ちてくる。そんな時刻に。




 ………不思議と、怖いとは思わなかった。

 むしろ、胸が高鳴った。




 まるでお伽話の中に入りこんだような、不思議な感覚に包まれて。




 そんなふうに思えるのは、ひとりじゃないから。




 少し離れた先をゆく 背筋のピンと伸びた背中が、

私に安心感を与えてくれるから。




 きっと後ろ姿が兄さまと似てるからだわ。




 まっすぐ伸ばした背筋が、誇りを持って堂々と歩く姿が。




 ああ……きっとこの人も、日新館に通っているのね。




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