第2話

早川乙和くんは、その日からたまに「悪いんだけど、ノート見せてくれない?」と言ってくるようになった。


それはどちらかというと、現国などの文系が多かった。


仲のいい友達ではなく、どうして私に言ってくるのか。その理由も、「小町さんの字、読みやすいんだよね。ありがとう」みたいで。


私は習字とか習ったことはなく、汚くも無ければ綺麗でもなかった。それなのに読みやすいと言ってくる早川乙和くんは、私からノートを借りる時、近くにいた女の子の友達らしい子に「小町さんのじゃなくて、私のノート、見せてあげるよ?」と言われていた。


そんな女の子に、「いいわ、お前の字ちっさくて見えにくいもん」と笑っていた。



早川乙和くんは、騒がしいグループに入ってはいるけど授業とかはサボらず来ている。

けれども寝ていたりとかで、ほとんど真面目に授業は受けていない。


そんな早川乙和くんに、6回目となるお礼のりんごのジュースを貰う時に聞いてみた。



「私の字、そんなに見やすい?」と。



「え?」



いつもノートを返してもらう時、「ありがとう」の返事の「いいよ」だけ言う私が、早川乙和くんに話しかけたのは初めてだった。


だからか、私に話しかけられたことに驚いているようで。



「ううん…私の字、そこまで綺麗じゃないのに…って思って」



私はそう言うと、早川乙和くんは、少しだけ顔を柔らかくして笑った。



「あー…うん、見やすくて。…あ、ごめん、やっぱり迷惑だった?めちゃくちゃ借りてるし…」



笑っている顔から、少し眉を下げた彼。



「…そういうのじゃなくて。貸すのは別にいいんだけど…」


「ほんと?」


「うん、いつもりんごジュース、買ってもらってるし…」


「いや、ほんと助かってるから。黒板の字見えにくくて。現国のせんせ、何書いてるか分かんなくね?」



言われてみれば、そうだった。

現国の先生である滝川たきがわ先生は、どちらかというと字が小さい。

そして癖があるのか、達筆のように文字と文字をくっつけてしまう時がある。

私もきっと、眼鏡をとれば見えない。



「目、悪いの?」


「うーん、そんな感じ」


「眼鏡とかは?」


「買うんだけど、近くの字も見えにくいし、遠くの字も見えにくいから。かけるとすっげぇ目が疲れるんだよね」



近くの文字?

遠くの文字も?



「そうなんだ、大変だね」


「また借りていい?」


「うん、私の字で良ければ…」


「ありがとう、マジ助かる」



人懐っこい笑顔をする彼は、「じゃあ明日もよろしくお願いします」と、ひらひらと手を振りながら去っていった。




早川乙和くんは、ノートを返す時じゃなくて、借りるときも「これ食べない?」と、コンビニで売っているようなプリンを買ってきてくれたりする。



「わざわざいいよ?ノート貸すだけなんだし…」


「俺が罪悪感無くしたいだけだから、受け取って」


「でも…」


「じゃあこんど肉まん半分こする?それならいいだろ?」




からかい気味に言ってくる早川乙和くんに、私もくすくすと笑うようになっていた。



授業を聞いてなかったり、遊んだりしているのに。きちんとノートだけはとる早川乙和くん。




早川乙和くんとそんな関係が慣れた時には、もう高校生最後の5月に突入していた。

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