第16話
いない、はずじゃ、と、ガタガタと足が震え。キリシマ、は?と、見れば黙ったまま、何もせず。眉をひとつも動かさずルウという男が、私に近づいてくる光景をただ見ているだけで。
「ねぇ、〝便器〟がここで、何してるの?」
にこにこ、と、笑っているその顔に、恐怖しかない。何してる?と、トイレに行ってた。
それをそのまま言えばいいだけ。でも、立ち止まってた理由を聞かれればどうしよう、って。
あわ、てた、私は、
焦っていた。
だからそれを言った。
「ザリガニを、見てました、」と。
3つの水槽がある、そこに、ちらりと目を向ければ。黒い瞳が、少しだけ細くなった。
「勝手に見ないでくれない?」
焦ってでた言い訳は、不味かったらしい。
この男を不機嫌にしたらしい。
また、慌てる私は、昨日みたいになりたくなくてそれを言った。
「す、すみ、すみ、ません、め、めずら、しくて」
「珍しい? この子達と一緒に住んでることを?」
「あ、い、いえ、そう、そうでは、無くて」
「ねぇ、もっとはっきり喋って? 」
怖い、怖い。ぎゅっと服を握む、掴んだそれはパーカーで。
昨日の、柚李という男の言葉を思い出す。
〝媚びろ〟
媚びるって、どうやって、
は、と、息を吐き出した私は、ルウではなく、水槽の方に目を向けた。
「3種類、の、ザリガニがいるって、珍しい…なと、思って…」
その台詞に、ピクリと反応した彼は、大きい目を見開いた。
「え、分かるの?」
分かる?え、なにが、と、肩を震わせれば、にこにことした顔つきに変わった彼が、「ううん?なんでもない。続けて?」と可愛らしい顔を傾ける。
続けて?
続ける?
「あ、えっと、…小学校の夏休みに、ザリガニの自由研究を、したことが、ありまして」
「うんうん」
「そ、その時は、アメリカザリガニだったんですけど、」
「うんうん」
「どんな、種類がいるんだろう、と、勉強した事が…」
「この子達がどのザリガニか分かるの?」
「え、あ、ウチダザリガニと、ニホンザリガニですよね…? この地域では、いないから、珍しいと…思って…」
必死に小学校の自由研究を思い出した。瞬く間に小さい子供のようにテンションをあがるその人を見て、必死に口を動かしていれば、「キミ、ザリガニ好きなの?!」と何故が両手をつかまれ。
ひっ、と、後ずされば、その人が1歩とついてくる。
「見分け方分かる女の子!初めて見た!!ああ、もう!どうしようかと思ったよ!石川さんたちを見て気持ち悪いって言った瞬間にはキミのこと殺しちゃうとこだった!!」
にこにこにこ。
ぎゅうぎゅうと、握手される手。
「っていうかキミ、まだそんな格好してるの?服持ってきてあげる!風邪ひくからちゃんと服は着なきゃだめだよ?」
こ、こんな、格好って、
「もう、ほんとに嬉しい。涙出てきちゃった。俺涙脆いの、泣かせないでよほんと。──…霧島!服持ってきて!風邪ひいちゃうでしょうが女の子なのに!」
霧島、という男にそう言った男は、「おいで、ご飯は食べた? ケーキ買ってきたの一緒に食べよう?」と、手をひき、水槽の近くにあるソファへと私を連れていった。
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