第86話

「か、おる···」


やめて···。

その言葉が出なかった。気がつけば重なりあっていた唇と唇。ハッと意識を取り戻し私は咄嗟に薫の胸元を押した。すんなりと離れた薫の体。


その途端、震え出す私の体は、やっぱりまだあの事を忘れていないのだと分かる。トラウマが、私の頭を支配する。



「···明日香?」


「どうして···?」


「·········」


「なんでこんな···」


「明日香」


「···帰る」


「待てよ」



立ち上がる私の腕を掴もうとする薫の手。



「さわらないで!!」



私はそれを振り払い、大声をあげた。

自分でも驚くほどの大きさで。



「·········悪い」

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