第52話

ネックレス……。



「あんたは首が細いから、チェーンが細めの小さいネックレスが似合うと思うんだが」



細め……。

私の首元を見つめる壱成さん。



「お揃いで、ですか?」



細くもなく、太くもない壱成さんの首。筋が入っている壱成さんの首に、細いチェーンは似合わないような気がした。

お揃いならば、どちらとも細いチェーンのはずだから。



「別にネックレスじゃなくても。腕時計でも、──……指輪でも」


「指輪?」


「……いや、指輪はダメだな」


「ダメなのですか?」


「ああ」


「……どうしてですか?」



指輪は、恋人の証なのでは……。



「婚約指輪を先にあんたの指にはめたいから」



私と結婚してくれるらしい壱成さんは、また私の手を握ると、「俺のわがままだな」と嬉しそうに呟いた。



デパートにつき、壱成さんの言葉通りにデパートの中でブラブラし、壱成さんと楽しい時間を過ごした。

その時間の中で、壱成さんは私にとあるものを買ってくれた。これなら私の耳に傷を付けずに済むし、壱成さんとお揃いができると。

イヤーカフという、品物だった。

細くてシンプルな、シルバー色。



「イヤリングとピアスの同じデザインにしようと思ったが、これは軟骨あたりだから、学校でも見えにくい」



私のことを考えてくれる壱成さんの耳にも、イヤーカフが付けれ。私の耳にも、同じイヤーカフが付けられた。



「ありがとうございます、壱成さん……」



ちっとも、耳は痛くない。



「ああ、よく似合ってる」



壱成さんが愛おしそうに、髪を撫でた。──頃合になり、お父さんとの約束場所に向かう。時間が近づくにつれ、不安や緊張の気持ちが増えていく。


ワタミという喫茶店は、夜になるとディナーができる洋食店になっていて。お父さんを待っていれば、お父さんは、待ち合わせから約3分ほど前にきた。

お父さんは何も言うことなく、店に入ると「予約していたものです」と、店員さんに向かって言っていた。──予約をしていたんだと、少し驚いた。


いったい、いつ連絡をしたのだろうか。

さっき?朝?それとも、昨晩私の話を聞いてから?──それとも、もっと前か。



四人席に座り、私と壱成さんが横に座り、壱成さんの前にお父さんが座った。



「君の名前は、もう知っているから自己紹介なんてしなくていい」



お父さんはそう言うと、何も言わなくなった。何かを考えている壱成さんは、「この度は、お誘い頂いて、ありがとうございます」と、頭を下げていて。



「君、アレルギーは?」


「特にありません」


「好き嫌いは?」


「それも、特には」


「そうか、」



お父さんは店員さんを呼ぶと、「このコース料理を」と、注文していた。その注文した数は3つで、私の分も入っていた。



「今ここで、佳乃から聞いた話をするつもりはない。ただ君は食べるだけでいい」



何を考えているか分からないお父さんは、私の話をするつもりはないと言う。食べるだけ?食べるだけで、何をしようと……。



「分かりました」



お父さんに敬語を使う壱成さんは肯定の言葉を出したけど、料理である副菜が運ばれてきて──壱成さんはお父さんのその副菜を食べる光景を見ながらも、壱成さんはその副菜を食べようとしなかった。



「食べないのか?」



壱成さんが食べないことに、お父さんが、鋭く言った。



「…申し訳ありません」


「さっき、〝分かった〟と言わなかったか?」


「僕が佳乃さんよりも先に、食べることはできません」



壱成さんの言葉に、私の方に視線を向けたお父さんは、「……店も無理なのか」と、ぽつりと呟くと、少し1呼吸おいて。



「……どうすれば佳乃は食べれる?」


「佳加さんが言うには、コンビニのお弁当は先に1口佳加さんが食べると」


「……君なら、佳乃に食べさすことが出来るだろう。君が先に食べてもいいから佳乃にも食べさせてあげなさい」


「はい」



まるで毒味役。

私のお皿を手に取った壱成さんは、それをフォークで1口食べると、「大丈夫」と、柔らかく微笑んだ。



「ありがとうございます壱成さん……」



壱成さんのおかげで食べることが出来て、次にと運ばれてくる料理も、壱成さんが私の料理を1口食べていてから、自分の料理も食べていた。

お父さんはその事に対して何も言わず──、ただ静かにメイン料理をナイフとフォークを使い食べていた。



「君、ご両親は?」



調べているのに、どうして聞くの。



「健在です」


「ご両親とは、食事をするか?」


「いえ、あまり」


「外食は?」


「両親とは、年に数回ほど」


「家族は不仲なのか?」


「不仲ではありません。──ただ、両親は仕事が忙しく、昔から祖父母と一緒にいました。食事や外食と言われれば、祖父母の方が回数は多いです」


「そうか」



壱成さんの家族のことを聞いて、何が分かったのか分からない。

壱成さんは分かっているのだろうか?



「──昔から、佳乃には、食事の作法を教えてきた。綺麗に食べなさいと。箸、スプーン、フォークの持ち方も。食べる順も。……鉛筆の持ち方でさえも」


「はい」


「……食事の仕方は、その人間を表すとはよく言ったものだ」


「……」


「君の食べ方は佳乃に似ている」



それは……。いったい、



「でしたら、両親と祖父母には感謝しかありません」



そう言って笑った壱成さんは、私に「大丈夫か?」と、顔を向けた。

うん、と、頷いた私は、「私も感謝しているよ、お父さん」と、笑った。

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