第48話

「その、なんていうか、ひかないでほしいんだが」



ひかない?

壱成さんを拒絶しない、ということだろうか。




「多分あんたに、ストーカーみたいなことをしていたんだと思う」



ストーカー?



「付きまとっていた、という意味ですか?」


「いや、……なんて言うか。ただ、見てた」



見てた?



「見てた……?」


「ああ、あんたが中2の頃だと思う」



中2の頃?

中学2年生の頃?



「朝の駅のホームで、あんたがいた。初めは頭いい学校の奴がいるな、って。特に何も、考えてたなかった」


「……」


「次の日も、またいるなって。あんたの後ろ姿を眺めてた。あんたの長い髪が印象的だった」


「……」


「あんたはいつも、同じ時間にいる。絶対遅れて来ない……、そんな姿を後ろから眺めてて。──……気がつけば、あんたの顔を見たくなってた」


「……わたしの?」


「それでもあんたはいつも綺麗に並んでるから、わざわざ顔を覗き込むようなかっこ悪い姿は見せられないし。ずっと後ろから見てた」


「……」


「振り向いてくれたらって、けど、見るのは後ろ姿ばっかで」


「……」


「あんたが後ろを向かないのをいいことに、ずっと見てた」


「……」


「あんたの顔を見たのは、帰り──、こうして座っているあんただった」


「座ってる私……」


「ああ、やっと見れたと思って、その時から好きになってたんだと思う」


「……顔を見れたから、ですか?」


「いや、なんていうか、」



なんていうか?



「俺だったらいいなと思った」


「壱成さんだったら?」


「後ろ姿じゃなくて、正面から来るあんたを見ることが出来るの、俺だったらなって」



正面から来る私を見ることができる……。

思い返せば、待ち合わせの時、必ず壱成さんが先に待っていた。すぐに私を見つけ出してくれる壱成さん。



「……雨の日、傘を、あんたが持って無かった日、恥ずかしい話だが声をかけようと思った」


「え?」


「でも、俺が手に怪我をしていたから、ガーゼをしていたんだが、まだ軽く血が滲んでいたし。あんたを怖がらせる訳にはいかないって思った。だから駅員に任せた」



あの、雨の日のことを思いだす。

金の髪をした人の後ろ姿。



「制服が変わって、2歳年下だということも知った」



制服が変わって……。



「あんたのこと、何も知らないのに、好きになってた」


「わたし、」


「うん?」


「あの、傘を渡してきた壱成さんを探していました。なんて親切な方がいるんだろうと。もしかして私の知り合いじゃないかとか」


「…うん」


「それでも、金色の髪をした知り合いなんて、私にはいなくて。あの日から、金色の髪をした男性を……探すというか、会えたらいいなと思っていたんです」


「うん」


「でも、そういう方はいらっしゃらなくて…」


「髪、変えたから」


「え?」


「黒にした、さっきの怪我といい、もしあんたと話せる機会があった時、あんたが怖がるといけないと思って」


「落ち着いたように見せるために、黒に?」


「……ああ」


「もしかして、兄みたいに着崩している制服を着るのでなくて、きちんと着ているのも怖がらせないためですか?」



少し、耳を赤くさせた壱成さんは、恥ずかしそうに口元に手を置く。



「……ああ」



そして、恥ずかしそうに私を見つめた。



「あんたにはずっといいようで見られたかった。ずっと怖そうって言われていたから」


「私、壱成さんを怖いなんて思ったことないです」


「うん、」


「…」


「今も、夢みたいだ」

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