第47話

そんな顔がどんな顔かは分からないけど。

電話をしても、しなくても壱成さんに迷惑をかけてしまったということに、罪悪感を覚えた。


壱成さんが山本さんを、電話で呼んでくれた。壱成さんのように走って来てくれた山本さんにも、罪悪感を覚えながら、クリーニング屋の袋を渡す……。



「クリーニング? そのままで良かったのに…ありがとう」



穏やかに笑った山本さんは、私の横にいる唯に目を向けると、「友達?」と、聞いてきて。

「はい、佳乃の友達の市川唯です」と、唯も笑って返事をしていた。



「──……俺は聖です、山本聖。──これ、この前の服?」



山本さんは少し言葉を詰まらせながら紹介をして、私の方に目を向けた。



「はい、ブランケットも入ってます。あの、本当にありがとうございました」


「ブランケット?たまり場のかな。俺のじゃないかも。壱成さん、これたまり場のやつですよね?」


「ああ」


「俺置いときます、今から行くんで」


「分かった、頼めるか?」


「はい」



ブランケットは山本さんのものじゃなかったらしい。あの時は精神的に不安定だったから、間違えて山本さんのものだと勘違いをしていたようで……。



「送ろう」



壱成さんが、私に言う。



「佳乃、私は塾がここから近いから、このまま帰るね」


「塾?近いの?送ろうか?」



唯の言葉に、反応したのは山本さんで。



「え?」


「壱成さんの彼女の友達だろ?」


「そうしてもらうといい、さっきも言ったように治安が悪いから」


「え、でも、そんなっ、大丈夫ですよ?」


「ダメダメ送らせて。送らないと俺が壱成さんに怒られる」



3人の会話を聞きながら、私は3人に迷惑をかけるバカな女だと思った。明日にでも、壱成さんに預ければよかった。壱成さんに連絡をすればよかった。

お兄ちゃんに、伝えればよかった。

もうすぐ塾の唯にも、案内してもらって……。



「ごめんね、唯。道教えてくれてありがとう」


「ううん、どういたしまして!また一緒に帰ろうね!」


「うん」



手を振り、山本さんとの2人の光景を見ながら、唯を送ってくれるらしい山本さんに感謝の気持ちを送った。


私を送ってくれるらしい壱成さんは、私を連れ、少し歩くと「悪かった」と、私に謝ってきた。

どうして壱成さんが謝るか分からない。

どう考えても、壱成さんに知らせなかった私が悪いのに。



「……あの、ごめんなさい……」


「怒ってない、」


「でも、勝手に来たこと、良くは思われて無いでしょう……」


「それはもういい、顔をあげてくれ」


「ごめんなさい……」


「悪かった」


「わたし、」


「頼むから怖いと思わないでくれ」



怖い、そんなことは無い。

壱成さんに怖いなんて、思ったことは無い。

ただ私が、迷惑なことをしただけで。



「…勝手に来たことが、ダメでしたか?」


「いや、あんたに会えて嬉しい」


「……」


「ただ、この辺りは馬鹿な奴らが多いから、あんたが心配なだけだ」


「……ごめんなさい」


「謝るのは俺の方だ、怖がらせて悪かった」



壱成さんは、私が〝怖がる〟ということを気にしているようだった。お父さんとお母さんは、私にとって〝怖い存在〟。


いつもいつも優しい壱成さん。

私を怖がらせないようにしてる人。



「……私、壱成さんが好きです」


「え?」


「壱成さんが優しい人だと、知ってます。だから、私がしたこと、壱成さんが嫌なら言っていただけると嬉しいです」


「……」


「嫌が積み重なって、壱成さんに嫌われる事になると、悲しいです」



少し視線を上げて、ほぼ上目遣いで壱成さんを見上げた。壱成さんは「分かった」と、私を引き寄せると、駅の方に向かって歩いていく。



「…嫌だと思ったことは、ちゃんと言う」


「はい」


「けど、」


「……?」


「あんたを嫌うことは無いから、あんたが悲しむことは絶対無い」






しばらく歩いて駅につき、ちょうどよく来た電車に乗り込んだ。

珍しく車内がすいていて、私の横に壱成さんが座った。もう唯は塾に着いたのだろうかと、考えて事をしていると、「前に、」と、壱成さんが私の手を握った。


柔らかく包み込み、私の指の間に、壱成さんの指が絡み合う。

まるで壱成さんの性格を表している繋ぎ方だった。



「あんたのどこを好きになったか、聞いたことあるな」


「え?」



何を言い出すのかと、壱成さんを見つめた。

さっきの怒ったような表情とは違い、また穏やかな顔を向ける壱成さんに、心が少し穏やかになるのが分かった。

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