第41話

走らせる車から見える景色は、少しずつ見慣れた景色に変わっていく。壱成さんの家は、最寄り駅から見て、真逆にあったようで。



「あんたが家族を好きなのも、限界なのも分かっている。…今、飯が食えないことも」



もう少しで私の家に到着しそうになった時、壱成さんが片手でハンドルを持ちながら呟いた。



「好きでも、別々に暮らした方がいいんじゃないかって、思わないわけじゃない」


「……分かっています」


「勘違いしないでくれ、家族を好きなあんたの気持ちは、分かってる」


「はい、だから今送って下さっているんでしょう?」


「……あんたのその体を見れば、正直帰らせたくない。送らない方がいいんじゃないかって思ってる。けどそれはあんたが望んでない」


「……壱成さん、私は本当に家族が好きです、それでも離れたい気持ちはあります」


「ああ、だから佳加が卒業すれば家を出る話が出ていたんだろう?」


「両親は今、私には何もしません。ただ私が何かされているのではないかと、怖いんです」


「あんたは、」


「……」


「家を出る、という覚悟はあるか?」



家を出る……?

……覚悟?



「あんたに手を出すなと、あんたの親に暴力で従わせることはできる。でもそれはあんたが望んでない。だからあんたが家を出ることが一番だと考えてる。佳加が卒業したらあんたを連れて家を出るつもりのように」


「……はい」


「今はあんたの親は何もしてこないが、いつどうなるか分からない。あんたの食事のこともあるし、すぐにでも家を出た方がいいと、思ってる」


「……」


「それでも学校は大切だし、あんたは頭がいいから、──学校を辞めると言っていたが、あんたの本心は辞めたいのか聞かせて欲しい」


辞める……。

私の本心は……。

勉強はもう、したくないという気持ちはある。それでも友達に会えるのは楽しい。


それでも……。



「……このまま変わらないまま、両親といるより、私は家を出たい……」


「うん」


「だけど、友達と離れるのは嫌で……、」


「ああ」


「壱成さん、」


「うん?」


「私は普通の家庭で、普通に過ごしたいです」


「うん」


「家族4人で、ご飯美味しいなって…。でももうそれは敵わない事だと分かってます」


「うん」


「今度は私が、大好きな両親を拒絶しているから…」


「…」


「家を出るのは1年後ではなく、兄は、もう大丈夫だと、自由だからと、あと数年家にいて、私が高校の卒業をできてから家を出るのだと思います……両親のことは様子見と言っていました。兄は高校の卒業はした方がいいと思っているのかもしれません」


「そうか」


「けど、もう、怖いです……」


「うん」


「母がキッチンにいたり、父が不機嫌になると、──……怖い」



壱成さんは深く頷く。



「俺も、卒業はした方がいいと思う──、けどそれはあんたの思い出作りとして、」


「……」


「それでも卒業までのあと2年間、正確に言えば2年間と数ヶ月、あんたが、あんたの親といれば壊れてしまう」



壊れてしまう……。



「佳乃?」


「……はい?」


「あんたが良ければ、」



私が良ければ?



「一つの案で」



一つの案?



「一緒に暮らさないか?」



一緒に……?

壱成さんの言っている意味が、分からず。



「次の冬が終われば、もう俺も卒業になる。働ける。俺が学校に──」


「ま、待ってください!」



壱成さんの言葉を遮り、私は戸惑いながら声を出した。だって、そんな、一緒に住むだなんて。



「い、一緒に、住むなんて……、働けるって、私を養うってことですか?」


「一つの案だ」


「だ、だめだすそんなの」


「案として頭の中に入れててくれ」


「だめです、それは、両親も許しません…」


「そうだろうな」


「……その案はだめです」



壱成さんが、私を養う……。

私が家を出て、壱成さんと暮らす。

暮らしたまま、私は学校に通う。

そんな案……。



「俺はこれからも、あんたと離れる気は無い」


「壱成さん…」


「一緒に暮らそう、佳乃」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る