第40話

壱成さんは門限近くになるまで私を抱きしめていた。「いつから私のことを好きなんですか?」と聞けば、「もう敬語使うのか?可愛かったのに」と、私の頬を染めることを言いながらはぐらかされた。



「送る」



そう言った壱成さんは、キーケースを手に取った。



「…送ってくださるんですか?」


「嫌か?」


「いえ、もう壱成さんとここでお別れだと思っていたので、嬉しいです。地図などを書いていただいてから帰ろうと思っていたので…」



私の言葉に壱成さんは穏やかに、柔らかく微笑む。壱成さんが私の手を取り、家の廊下を歩く。



「1人で帰らせるわけない」



安心をくれる壱成さんは私の鞄を持つと、そのまま玄関に向かう。当たり前のように鞄を持ってくれる壱成さんにお礼を言いながら、靴を履いた。



「……鞄、」


「すぐそこだから持つ」



すぐそこ……?

壱成さんの言葉に、疑問が浮かんだ。私の家は〝すぐそこ〟なのだろうか?と。



「お邪魔しました」



壱成さんの家は、どちらかというとブラウン系統の、あまりものが置かれていないシンプルな家だった。玄関にも靴は私と壱成さんの靴しかなくて。


玄関の外も、あまりものが置かれておらず、綺麗に片付けられていた。壱成さんの家に入る時は気づかなかったが、壱成さんの家のガレージには1台の車が置かれていた。


黒い色の、背が低い車だった。空腹感でふらふらしていて、置かれていることに気づかなかったらしい。その横には、──あの、雨の日の、雨の中私を探してくれていた壱成さんのバイクが置かれていた。

あの日の壱成さんの指先がとても冷たかったことを思い出していた時、何かのロックが外される音が聞こえた。


バイクの隣にある黒色の背が低い車の後部座席のドアを開けて、そこに私の鞄を乗せる壱成さんを見て、〝すぐそこ〟の意味が分かった。



「あの、車で送ってくださるのですか?」


「ああ、助手席に」



そう言った壱成さんは車の助手席側のドアを開ける。



「大丈夫、免許は持ってる」


「壱成さんはもう18歳なのですか?」


「4月が誕生日だったから」


「この車はどなたの……乗ってもいいのですか?」


「名義は違うが、俺の車ってことになってる」


「〝なっている〟?」


「祖父から貰った」



詳しく説明してくれた壱成さんは「気にせず乗ってくれ」と、私に手を伸ばしてきた。無意識に壱成さんの手を取り、誘導してくれる壱成さんに身を任せ。



「天井、低いから気をつけてくれ」


「ありがとうございます」


「閉めるぞ」



助手席のドアが締まり、運転席に壱成さんが乗り込む。私が乗り込む時、背が低い車に乗りなれていない私は少し時間がかかってしまったけど。

乗り慣れている壱成さんは、無駄のない動作で車に乗り込みドアを締めた。



「ありがとうございます、送っていただいて…。壱成さん用事などは……」


「気にしなくていい、シートベルト締められるか?」


「あ、はい、すみません」



慌ててシートベルトをしている時、、「急かしたわけじゃない。慌てないくていい」と優しく声をかけてくれる。シートベルトの装着を確認した壱成さんはフットブレーキを外した。

壱成さんはスマホを取り出したけど、すぐにそのスマホは手元に戻った。もしかしたら時間を確認したのかもしれない。


走り出した車のエンジン音はそれほどなく、とても静かだった。



「壱成さんは運転が上手なのですね」


「そうか?」


「はい、4月で免許をとり、半年程ですよね。車の運転は乗っていくうちに慣れるものでしょうか?」


「あー、俺の場合は何年か乗ってたから。慣れるのも人それぞれじゃないか?」


「何年……、練習をされていたのですか?」


「練習……、うん、そうなる、かな」


「やはり練習し、慣れなければならないのですね」


「免許をとりたいのか?」


「はい、ゆくゆくは……」


「そうか、……」


「どうかされましたか?」



何か言いたげな壱成さんの方に顔を向けた。



「いや、別に免許をとらなくても、あんたならいつでも俺が運転するって思っただけ」



呆れたように笑った壱成さんは、「今日はいつものコンビニでいいのか?」と、赤信号で止まった時、私の方を見てきた。


どこまでも私に優しい壱成さん……。



「どこでもいいのですか?」


「どこでもいいが…、俺に気を使ってここで下ろしてくれというのはやめてくれ」


「でしたら、家がいいです」


「家?」



壱成さんは驚いた声を出した。

そんな大袈裟な驚き方ではなくて、表情を開けず声のトーンだけが上がった。



驚いたのも当たり前。だって両親が厳しいからと、家ではなくコンビニまで送ってもらっていたこと、壱成さんは知っているはずだから。



「はい、壱成さんと会っていること、私はやましい事だと思っていませんから」

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