第25話

私はまだ分からなかった。



「……お兄ちゃんが壱成さんに?」


「うん」


「あの、よく分からないのですが、」


「え?」


「お兄ちゃんが私を探して……、どうして壱成さんに連絡をしたんですか?」


「んー、〝俺ら〟に探せって言ったのは壱成さんだからかな?」



〝俺ら〟──。俺らとは、いったい何人か。


山本さんは「寒くない?」「どこか店入ろう」と言ってきたけど、私は曖昧な返事しか出来なかった。出来なかったのはまだこの現実に、頭が追いついていないからか。


しばらくしてロータリーに1台のバイクが入ってきた。音が静かなそのバイクは、猛スピードでロータリーに入ってくる。雨はもう小雨。直に止む、そんな降り方をしていた。

猛スピードで入ってきたバイクは、私たちの前に止まる。ヘルメットさえしていないその人は、バイクを置いて走ってくる。

走って、──私の前に来て、一瞬眉を寄せて怒っているような顔をしたけど、その人が優しいことを知っている私は、「……すみません」と声を出した。



「……聖、バイクにブランケットつんでるから持ってきてくれるか?」


「はい、すぐに持ってきます」



山本さんがバイクの方に向かって走る。パシャパシャと水の弾く音が聞こえた。



「マスクを、」


「……」


「マスクを外してもいいか?」



聞いたことのある言葉だった。

駅のホームで倒れた時も、そう言われた。



「……ごめんなさい……」


「見せてくれ」


「私、もう、壱成さんとは──」


「見るぞ」


「ごめんなさい──……」



壱成さんが、私の耳にふれ、マスクをゆっくりと外す。そして頬の痣を見て、眉が寄せられるのが分かった。険しい顔をして、また、そのマスクは耳にかけられ戻される。



「持ってきました」



山本さんが、壱成さんに茶色いブランケットを渡し、受け取った壱成さんは、山本さんのパーカーの上からそのブランケットを被せてきた。

壱成さん髪はずぶ濡れで、服も全てが濡れていた。

いつから。

いつから壱成さんは私を探してたんだろう。



「聖、バイク頼めるか?」


「はい」



山本さんが、バイクの方に歩いていく。



「佳乃」



背の高い壱成さんが、少し屈んで私の顔を見つめる。



「……ごめんなさい……」


「佳乃?」


「ごめんなさい……」


「なんで謝る?」


「ごめんなさい…………」


「佳乃、」


「わたし、いっぱい、嘘を……」


「うん」


「…わたし、壱成さんに嘘を──……」


「うん」


「わ、わた、わたしが、喋りたいって……なのに、会いたくないって……」


「そんなことはいい」


「わたし、わたしが、」


「佳乃、いいから」


「──…で、でも、──…」


「他に怪我は無いか?」


「わたし──……」


「ここ以外、怪我は無いか?」


「いっせい、さ」


「寒かっただろう、遅くなってごめんな」



壱成さんが、痣の無い方の頬をさすった。

壱成さんは私が痣が出来やすいことを知っているのに、〝怪我は無いか〟と尋ねてくる。

その指先が冷たすぎて、涙が出そうになった。



「なんで、そんなに冷たいの……」



目の奥が熱くなって、涙腺が緩み出す。



「なんで、いるの……」


「うん」


「なんで、壱成さんが私をさがすの……」


「うん」


「どうしてお兄ちゃん、壱成さんに言うの、」


「好きだから」



壱成さんが、泣いている私を見つめる。



「あんたのこと好きだから…。探すに決まってる」


「すき…?」


「寒くないか? 痛いところは?」


「…わたしのこと、好きなんですか?」


「…ああ、」



どちらが?

お兄ちゃんが?

壱成さんが?

どちらが私の事を好きだから探してたの?



「……何があった?」


「……」


「誰があんたを泣かせた」


「……っ…」


「誰があんたを殴った?」


「……壱成さん…、」



壱成さんの低い声が、耳に届く。



「誰があんたに嘘をつかせた?」

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