第26話

壱成さんは山本さんにバイクを預けていた。預けたというか、壱成さんが乗ってきたバイクに乗りそのままどこかへ行ってしまったという言い方の方が正しいかもしれない。


壱成さんはブランケットで身を包んでいる私をタクシーに乗せた。


壱成さんはずぶ濡れで、タクシーの運転手は戸惑っていたけど、「金なら出す」と、壱成さんは多額のお金をタクシーの運転手に渡し、それを受け取ったタクシーの運転手は、透明のシートを後部座席にひいていた。


壱成さんがどこに向かおうとしているのか分からない。行先を告げ、その行先が私の家では無いことが分かり、ほっとしたのを覚えている。


ついた場所は見たこともないホテルだった。壱成さんがいつ連絡したのか分からないけど、そのホテルの前には山本さんがいて、「着替えです」と壱成さんに渡していた。



「悪かったな、もう帰っていい」


「はい、失礼します」



一礼した山本さんは、またバイクの方に向かっていた。そのバイクは先程の壱成さんが乗ってたバイクとは少し違っていた。

どこかで乗り換えたのだろうか。

壱成さんは私を連れて行く。タクシーとは違い、ずぶ濡れでも、入ることができた。

受付カウンターには誰もいなくタッチパネルで部屋を選ぶようだった。


その中の一つに入った部屋は綺麗だった。



「風呂に」



壱成さんは、私をその部屋の浴室へと案内する。だけど、私より入らなければならないのは壱成さんの方で。



「だめです、壱成さんが先に入ってください」


「あんたが先に入ってくれ」


「壱成さんの方が濡れてます…」


「俺は風邪ひかない。だからあんたが入ってくれ。頼むから」



壱成さんに言われ、私が先にシャワーを浴びることになった。だけど、できるだけ早く出た。着替えというのは、誰でも着れるような下着のセットと、ホテルのバスローブだった。

今日はこのまま泊まるのか、と言うよりも、バスローブから見えている肌の痣は隠すことが出来なかった。

それでも壱成さんが待っているから、浴室から出て壱成さんの方へ行けば、壱成さんは濡れた服を脱いでいた。上半身全て。前髪全てをオールバックにしている壱成さんは、もう気づかれているからとマスクを外した私に目を向けた。


壱成さんは私の姿を確認してから、「すぐ戻ってくる」と言い、浴室に入っていった。言葉通りすぐに戻ってきた壱成さんは、普通の長袖のTシャツとジャージのズボンをはいていた。


何もできず立ったままでいた私を、壱成さんは2人がけのソファに座らせると、「少し寝るか?」と優しく尋ねてくる。

その声がとても優しく、私はゆっくりと壱成さんを見上げた。



「……今日はここに泊まるのですか?」



壱成さんは膝をおり、ソファに座る私と目線が合うようにしゃがみ込んだ。

今度はほんの少し私よりも目線が下の壱成さんは、私を見上げた。



「あんたの体が温まれば、家に送ろうと思ってる。ここはあんたの家よりも遠いから、早くしないと風邪をひくと思ったからここに来た。制服も濡れているし、少しでも乾かせたら、と」


「…帰るのですか?」



私の声は小さかった。

それでも聞き取ってくれた壱成さんは、「…送ろうとは思ってる」と、呟いた。



「親が心配するだろうし。一旦、あんたのことを温めてから送るとは、あんたの兄に伝えてる」


「兄に…、あの、兄は、兄は壱成さんに私を探すようにと、頼んだのですか?」


「頼んだというよりも、今日の17時ぐらいに連絡が来て。あんたのこと聞いてきた」


「聞いてきた?」


「あんたが帰ってこない、何か知ってるか?って」


「……」


「そこであんたが行方不明なのを知った。だから俺も探した」


「でも、山本さんは、兄が壱成さんに頭を下げてたと、」


「頭…?ああ。電話の後、あんたの兄と会って、あんたを探すことに礼言われた。聖はその時を見たのかもしれない」


「…兄は今どこに……」


「家にいると」



家に……。

きっとお兄ちゃんは家で待っているのではなく、両親を──……。



「ごめんなさい、──…私の、せいで、皆さんにご迷惑をかけてしまって」


「何があった?」


「………」


「俺には話せないか?」



壱成さんに?

もう、限界だったと?

私はもう壱成さんに嘘をつきたくない。

それでもこれ以上壱成さんに関われば、迷惑はかかるし、警察沙汰になるかもしれない。

壱成さんが、捕まるかもしれない。


でも、こうして壱成さんが目の前にいるのは、嬉しい……。



「家に、帰りたくありませんでした」


「家に?」


「だからずっと、家から反対方向に歩いていました」


「…うん、なんで帰りたくなかった?」


「壱成さんは、どうしてこのキズが怪我だと分かったのですか?」


「唇と、かすかに頬にも細かい傷があった。こういうのは誰かの爪か、指輪が当たってできることが多い」



話を変えた私に、納得のいく説明をしてくれた壱成さん。



「私、壱成さんにたくさん嘘をついていました…」


「うん」


「本当のことを知れば、壱成さんは私を嫌いになるかもしれません」


「それはない、あんたのことを嫌いには絶対にならない」


「なります、きっと……」


「ならない」


「だって、私は、嘘をついて、壱成さんに高価なものを買わせてしまったんです」

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