第23話

──壱成さんは言っていた。

私の両親は、私のことを考えてくれるいい親だと。私のことを考えてくれるお母さん達。壱成さんの言葉は間違っていない。

間違ってはいないけど、ほんの少し意味が違う。

お母さん達は、私のことを考えすぎている──







教室の外では雨が降っていた。小さな小雨だった。

窓の外を集中してみないといけないほど肉眼では見ずらい雨で。

自室のカーテンの隙間から見ていた私は、曇り空からしてもうすぐ強い雨がふりそうだなあと思っていた。

そういえば、壱成さんと初めてあった時もこんな曇天の空だった。灰色よりも黒に近い空。青い空が見えなくて。


視線を下に向け、自分の服を腕まくりすれば、また青い痣が復活していた。体の所々にある内出血。この出血も壱成さんは心配していた。顔にできた内出血を……。


服を戻し、顔に指を当てれば、ピキ、っとした痛みが走った。今度はこの前みたいに腕に軽く当たってできた内出血じゃない。

思いっきりお父さんに叩かれたから、大きい内出血が出来てしまった。マスクでも隠れそうにない……。


私はアレルギーが多いから、食事が一定のものしか食べられないから病気になりやすいと、学校側も知っている。こうして内出血が出来やすいのも、学校側は分かっている。

だから顔に痣があっても、何も言ってこない。逆に体に痣があれば体育の授業でもジャージを着ることを許してくれる。

きっと先生達も、この顔の痣は、アレルギーのせいと思っているのだろう。


そのままあまり授業を聞かず、今日も貧血気味の私は、ぼんやりと黒板の方を見ていた。

ただぼんやりとしていると、鼻の奥からかすかに鉄の匂いがして。

あ……と、戸惑ったものの、こういうものには慣れているから。

咄嗟に鼻の上あたり、親指と人差し指で軽くつまむ。そうすれば重力により服の袖が1センチほど下にずれ……。腕にできた痣が見えた。


今は授業中。だけどこうなればもう、鼻から出てくる血を止血するのは困難だから。先生に鼻血が出てきたことを告げ、教室から出た。

トイレに行き、持ってきたポケットティッシュでふくも、血は止まらない。

ティッシュが足りなくなって来たから、保健室に行き、ティッシュを借りた。

保健室の先生に1度、まだ春頃の時に鼻血と痣を見て「血友病では…」と言われたことがある。──でも、私はそういう病気じゃない。


ようやく血が止まって、指先を見れば、その指は血がついて赤くなっていた。保健室の洗面台のお湯で洗い流す──……。

小一時間後、様態が落ち着き保健室から出て、窓の外を見れば、小さかった雨は、肉眼でも見えるほどの大きな雨に変わっていた。

壱成さんに会った時もこんな大雨だった。

雨を見ていると、思い出すのは壱成さんだった。

もう、6時間目の授業は終わっていた。

だから教室に戻らないといけないのに、しばらくそのまま、廊下から窓の外を見つめていた。

見つめて、見つめて、見つめて──。




気がつけば、私は傘をさして、教室にも行かず校舎の外にいた。無意識な行動だった。もう16時前で、門限の時間には間に合わない分かりきっていたのに。

もう、限界だという体の表れだったのかもしれない。


──家に帰りたくない──……


そう思ったから、私は駅とは真逆の方へと足を進めた。毎日、まっすぐ家には帰っていたから、真逆の方に向かうのは初めてだった。


だからここがどこか分からない、って思うのも、早かった。見慣れない景色が続く。それでも無心に歩き続けた。


できるだけ家から離れたくて……。

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