第15話

通話の切れたスマホの画面を見ながら、優しい壱成さんの事だ、私が勉強をしているから早く切らないとと思ったに違いない…。

そう思うと申し訳なくて。こんなのお礼の電話とは言えない。勉強をしてるなんて言わなければよかったと後悔した。








「────今日も早いの?」


次の日の朝、朝早く起きた私にお母さんが尋ねてくる。その声のトーンがいつもより違和感があって、息を飲みそうになった。

疑われてる…?



「…うん、そう。勉強するから」


「えらいなあ佳乃はアイツと違って。頑張るんだぞ」



だけど、疑ってないらしいお父さんがそう言ったから、私は家を早く出ることが出来た。

応援してくれるお父さんに罪悪感が増えていく。


壱成さんと朝に会えるのは、これで最後になるかもしれない。そう思うと本当に悲しく。

昨日とは違い少し足取りが遅くなるものの、約束の10分前には到着しようとしていた。

駅が見えてきた時、すぐに壱成さんがいるのが分かった。壱成さんは何時にここへ来ているのか。

私を見つけた壱成さんは私に近づいてくる。

「おはよう」と、笑いかけてくる壱成さん。壱成さんは今日も早く私を見つけた。



「おはようございます」


「昨日は悪かった」


「え?」


「勉強の邪魔をするつもりは無かった」



やっぱり、すぐに電話を切った理由は…。

私はもう少し電話をしたかった。



「手紙が」


「うん?」


「手紙が入ってます、受け取ってくれますか?」



壱成さんは少しだけ苦笑いをしたけど、すぐに顔を和らげた。菓子折が入った紙袋を渡そうとすれば、壱成さんは「ありがとう」とそれを受け取ってくれて。

壱成さんは手紙がよほど嬉しいらしい。



「勉強は、いつも、3時間ほどしています」


「うん」


「だから、10分、15分は、それほど私にとって忙しい時間ではなくて」


「うん」


「私と、10分ほどの電話は難しいですか?」


「そんなことない。昨日は勉強中だったから本当に申し訳ないと思ったんだ」


「気にしないでください」


「…うん、分かった」


「すみません…」


「明日も、」


「え?」


「明日の朝も、会えるか?」



明日の朝?



「敬語が無くなるぐらい、会えたらなって思ってる」



壱成さんの言葉に、私はすぐに返事をすることが出来なかった。


自分勝手と思われるだろうか?

あんなにも私から「会いたい」「会いたい」と言っておきながら、壱成さんから「会いたい」と言われれば返事ができないなんて。


それでもお母さんに疑われているから、これ以上朝に会うと、もう朝も出て来れないかもしれない。

勉強しているのが嘘だと気づかれた時、お父さんに何を言われるか。


朝はもうダメ……。

だから。

その日の夜、壱成さんに正直に話すことにした。



『土曜?』


「…はい、あの、朝が早く出れそうになく」


『土曜は大丈夫なのか?』


「はい、いつも家で勉強していますが、その日は図書館に行くと言って出ますので…」


『それは親に誤魔化して家を出るって言うことか?』


「…そ、う、なります、でも、もう朝が難しくて、これしか…壱成さんに会うことが出来ません。ごめんなさい」



嘘をつく私を、嫌な女だと思うだろうか?

でも壱成さんに嘘をつくのも嫌だ…。

けれどもこうしないと壱成さんに会うことが出来ない。



『…じゃあ、図書館で会おう』


「え?」


『そうすれば、誤魔化したことにはならないから』

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