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第7話

すごく体が楽になったような気がした。それでも体は鉛のように重かった。だけど意識混濁とか、倒れそうになるとか、頭痛とか、もう涙を流したいほどの辛さは無くなっていて…。

眠っていたらしいベットの近くのデジタル時計を見れば13時45分と表示されていて。


「大丈夫か?」


ベットから上半身だけを起き上がらせていた私は、ベットに腰かけるように座っている壱成さんを見つめた。


「はい…」


「本当に?」


「すごく楽に…」


「うん、朝よりはずっといい」


「あの、ここは…」


見渡せば、ワンルームみたいな部屋があって。見たこともなければ、来たこともなかった。誰かの家だろうか?壱成さんの?でも壱成さんは学生だから…。


「駅前のホテル。家に送ろうと思ったけど、あんたの顔色がやばかったからすぐに寝かせた方がいいと思って」


駅前…?

たしかに駅の近くには、ビジネスホテルとかあったような気がして。


「ラブホとか、そういうのじゃない」


ラブホ…?


「学校に行けそうにないから、あんたの学校に休むと連絡したんだが良かったか?」


「学校に?…ありがとうございます…」


だとすれば、学校に行っていないこと、親に連絡は行っていないようだった。


「腹は?減らないか?何か頼むけど…」


「大丈夫です、お弁当があるので…」


「喉は?」


「あの、ごめんなさい…ここへ運んでくださったのですか?」


「…ああ、」


「私、あんまり覚えていなくて。意識を失ったのは分かるんです、けど、曖昧というか、…壱成さんが声をかけてくれたことは覚えているんです。でもどうして、ここにいるのか、あやふやで…」


「うん」


「…ごめんなさい…」


「あんたが謝ることは何ひとつもない」


「でも、私はまたあなたに助けて頂いたのでは…」


「気にしなくていい」


気にするなと言われても。

返答に困っていると、壱成さんが立ち上がり、どこかへ行き、飲み物を持ってきてくれた。それはどこにでもある水と、スポーツ飲料だった。

それを見て、どうしようと困った私は、「喉、乾いてるだろうから」と、渡されたそのふたつを恐る恐る受け取った。

何度も助けてくれる、優しい人…。

でも私は飲むことが出来ない…。

ううん、水なら…。


「飲めねぇ?」


「あの、」


「うん」


「ごめんなさい…」


「謝る意味が分からない」


「…飲めなくて、」


「飲めない?」


「…ごめんなさい…」


少し、顔を顰めた壱成さんは、「なんで飲めない?」と、もう一度腰かけた。

なんで…。言ってもいいんだろうか?

でも言わなければ…。


「わたし、」


「うん」


「すごく、アレルギーが多いんです」


「アレルギー?」


「あと、すごく病気になりやすいというか、」


「え?」


私の言葉に、一瞬にして顔色が変わった壱成さん。


「病気?まさか、今回倒れたもの…」


「ち、違います、今回は本当に貧血で…」


「けど、やっぱり病院に…」


「アレルギーが、関係しているんです」


壱成さんの眉間に、シワがよる。


「私、本当にアレルギーが多くて。主に食品なんですけど、お肉も、魚も、卵も大豆も…。ほんと、食べられるのが野菜とお米だけというか…。野菜も無農薬しか…農薬野菜を食べると肌がすぐに反応するんです」


「…」


「だから栄養が偏って、貧血とか、病気になりやすくて。今回もそういうので……」


「うん」


「だから母に、強く言われていて。外では食べるなと」


「この前の、」


「え?」


「この前の飯を断った理由も、それで?」


「…ごめんなさい…」


「いや、謝ることじゃない。知らなかった俺が悪かった。──…水もダメなのか?」


「水は飲めます、飲めるんです、でも、本当にアレルギーが酷くて。些細なことでも症状が出るんじゃないかと、口につけるものは家から用意するものと決まっていて。スポーツ飲料は、お腹が凄く痛くなるんです…ごめんなさい…」


「いや、話してくれてありがとう」


話してくれて……。

壱成さんは優しく微笑むと、泣きそうになっている私からペットボトルを受け取った。


「ひとつ、聞いてもいいか?」


「…?」


「倒れた理由は分かったんだが、その顔は?」


「顔、ですか?」


私は自分の指で頬に触れた。きっとここには内出血の痣があるだろう。


「これは、ぶつかって…」


「ぶつかった?」


「はい、その、貧血でふらついて。教室の中で男子生徒のうでにあたってしまって」


「…そうか、…痛くなかったか?」


「いえ、全く、もたれるように当たっただけなので」


「もたれるように?」


「はい」


「痛みはなく?」


「…はい」


「肘にあったったりしたわけでもない?」


「いえ、」


「…」


「たまにあるんです、酷い時は全身に内出血ができる時もあって」


私は笑いながら呟いた。


「…そうか」


「心配をかけてごめんなさい…」


「…いや」


「また壱成さんにお礼をしなければなりませんね」

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