第61話

実を言うと、私は人を殺したことが無い。

リーダーからの任務が伝えられても、私のやることはターゲットを捕まえるまで。それ以降は私以外が仕事をしている。


だから今回が初めて、私が手を汚すとき。



「……めろ」



「え?」



「やめろ、煌。煌には手を汚してほしくない」



「でも、この先のことを考えたら私が最後に……っ!」



気づいた時には怜央が私のことを抱きしめていた。

なんで、急に…。



「お願いだから、頼む。煌の記憶が無くなろうとも、俺が絶対思い出させて見せるから」



「無理だよ…無くなったものは戻らない。強制的に脳から記憶が消されれば、思い出せる可能性なんて0に等しい」



怜央はさらに私をぎゅっと力強く抱きしめる。



「…諦めるな、煌。もし記憶が無くなっても、俺のことを忘れても。絶対俺は煌のそばにいる」



私の目から涙があふれる。

あぁ、やっぱり好きだなぁ。どうしようもなく、好きだ。その気持ちが伝わるように、精いっぱい抱きしめ返す。



「ねぇ、怜央」



「どうした?」



「薫…薫って呼んで。煌じゃなくて、そう呼んでほしいの。薫が私の本名だから」



ずっと私の本名を呼んで欲しかった。総長としての私じゃなく、煌としての私じゃなく、偽物の私じゃなく。本物の私の名前を。



「薫……いい名前。似合ってる」



「ふふっ、ありがとう」

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