第94話

「なぁなぁ、もう終わりだろ?行こうよ」


さっきから私をしつこく誘うこの男。



「...行きませんよ」


客足が途絶えて静かな店内に私の冷たい声が響く。



「そう言わずにさぁ。バイクの話もしたいし。ね?遊ぼ」


可愛い顔で微笑むな。


カウンターの中に逃げ込んだ私を追い掛けてきたこの男は、カウンターに頬杖をついてこっちを見てる。



スタッフの皆が口出ししてこないのは、この男が帝王の側近だから。




「知らない人とは遊びません」


そうよ、この間見かけただけの人と遊ぶとか無理だし。



数日前に繁華街のブティックでシルバーアッシュの男と一緒に見掛けただけだし。


美智瑠さんの隣に並んでたから、彼らの関係者なのは間違いないだろうけど。



「えぇ~さっき名乗ったじゃん。謙吾、諸星謙吾だってば」


ね?知らない人じゃないでしょ?と言われる。



いやいや、知らないし。



「.....」


誰かこの男を止めてはくれないだろうか?



そもそも、どうしてこんなことになったのか?言うと、一時間前ぐらいにこの男が店に来た事から始まった。



この謙吾と名乗る男の事なんてすっかり忘れていた私は、店にやってきたこいつを普通に店内に案内した。


注文を取り、それを運び。


そこまでは普通だったんだ。



だけど、食事を終えたこの男は自棄に親しげに私に絡みだしたんだ。



で、今に至る。




「CLUB行こうよ。奢るから」


「行きません」


「なぁなぁ、良いじゃん」


「.....」


良くねぇよ。


しつこい彼に、呆れ果てる。



「あらあら、暁ちゃんは大変な人に気に入られたわね」


恵美ちゃん、笑い事じゃないから。



「そう思うなら帰るように言ってくださいよ」


半泣きで恵美ちゃんにすがる。



「あら、良いじゃない?たまに息抜きに遊びに行けば」


「おっ!恵美ちゃん話分かるね?」


もう、恵美ちゃん、余計なこと言うから謙吾が調子に乗ったじゃん。



「もう、恵美ちゃん!」


不服そうに怒った私に、


「その辺のナンパ野郎と遊ぶより安全よ?悪さもしないし、暁ちゃんを守ってくれるわよ。身の安全は保証付きよ」


と涼しげに言う恵美ちゃん。


なんの保証よ...と思う。




「恵美ちゃんの言うように悪いようにはしねぇって。ちょっと遊ぶだけ。気晴らしに良くね?」


...完全に調子に乗ってるじゃん。



「.....」


こいつ、面倒臭い。

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