第96話

キングへの危機感を募らせ、絶妙な距離を取ったままの私を乗せた車が到着したのは、立派な風貌のホテルのエントランス前だった。


テレビで見たことのあるここは、海外のVIPが泊まる場所だと紹介されてていた五つ星の高級ホテル。

お金持ちが好んで利用するだけあって、見るからに高そうだ。


一生に一度足を踏み入れるか入れないかの場所だなぁ。

まさか自分がこんな所に来るなんて、半年前の私じゃ想像もつかないよ。


窓からぼんやりとホテルを見上げた。




「ようこそおいでくださいました」

の言葉と同時に後部座席のドアが開く。


「瞳依ちゃん、ぼ〜っとしてないで降りるよ」

キングのその声にハッと我に返った。


「は、はい」

慌てて頷いたが緊張の為か動きが鈍かった。


クスッと笑ったキングは先に降りると、後部座席にいる私に向かって手を差し伸べてくれた。

目の前に差し出されたこの手は、きっと掴まないと言う選択肢は無いんだろうな。


ここまで来たら腹を括るしかないか。



「よし···」

小さく呟いて、着慣れないドレスにシワを増やさないように座席を横移動して、キングのその手を掴んだ。


ゆっくりと足から降ろしていくと、ホテル前の賑わいが耳についた。

私達の車と同じ様に次々と横付けされていく車と、出迎えに集まったであろうホテルマン達が目に入る。


「さぁ、俺の腕に掴まってね」

キングは私の手を、少し肘を曲げた自分の腕にそっと誘導してくれた。


うわぁ! これって俗に言うエスコートってやつだよね。

手がプルプルと震えてしまったのはご愛嬌だ。

慣れてないんだから仕方ないよね。


同じ様に正装した人達が、パートナーを伴ってホテルの中へと向かっていく姿に、私達もあんな風に人目に映るんだろうかと考える。


流石に高級ホテルには、あからさまに不躾な視線を向けてくる者やヒソヒソ話をしながら見てくる人も居ないけど、居心地が悪いのは変わりない。


「そんな緊張した顔しないで。いつもの瞳依ちゃんで大丈夫だよ」

少し膝を屈めて私の耳元に顔を近づけたキングは優しく微笑む。


ち、近い。

ここで、彼を跳ね除ける事も出来なくて、されるがままになっていたら、触れるだけのキスを頬に落とされた。


「なっ」

この人、人前で何をするんだ。

熱くなった頬はきっと赤い。


「いい感じにほっぺに色味がついたね」

満足そうに私を見下ろすキングの顔に、グーパンチを打ち込みたいと思った私は悪くない。

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