第58話

──その日は低気圧の影響だからか、朝から頭が痛かった。自分の席で机に体を預けるように眠っていると、『今すぐこの前んとこ来い』と亜貴からスマホにメッセージがきた。



2時間目の途中だったけど、言われた通りにダンボールだらけの視聴覚室に向かった。



中にはもう亜貴がいて窓際に座っており。5センチほど窓を開け、その人はタバコを吸っていた。




視聴覚室の扉をしめ、その場で立っていると、タバコを窓の外に捨てた亜貴は「遅い」と鋭い目で私を睨みつけた。声も低く、あまり機嫌が良くないのだと分かった。



「…すみません…」



頭を下げると、ズキズキと頭に痛みが走る。

思わず眉を顰めた私を見て「どっか悪いのか?」と、窓を閉めた。



「偏頭痛持ちで…、あの、いつもはこんなに痛みはないのですが…」



今日は酷い。


そう呟くと、こっちに歩いてきた亜貴は俯き加減の私に近づてきた。



「どこが痛い?」



目の前に来た男は私の頭にふれる仕草をする。



「…右のこめかみが…」



正直に言うと、亜貴は私の右側頭部の髪をあげた。親指でこめかみのところを撫でた亜貴はそのままゆっくりと手を離した。



「綾に殴られたとこだな」



そう言われて、ああ、確かに…と思って。



「でも、殴られたのは…1週間ぐらい前で…」


「1週間でも1年でも痛みが出る時は出る」


「……」


「これからは体調悪かったら断れ」



私の事を心配してくれているらしい。この前、この男に首を締められたのに。



「……はい、すみません…」



亜貴は私から離れると、「お前に仕事がある」と、この前私の首を絞めた机に腰をかけた。



「…仕事?」


「体調が戻ってからでいい」


「……」


「西高の山本やまもとひじりって男に近づけ」



やまもとひじり?

西高といえば、清光の次に荒れていると言われている高校。

例えて言うなら、普通の高校が犬で。

西が狼、清光がライオンといったところで。



「そいつ、もう女いるらしいけど。橋本はしもとかおるでもいい」



はしもとかおる…。



「その2人のどっちかに抱かれてこい」


「…え?」


「いいな?」


「ま、待ってください…」


「分かったな?」


「わ、」


矢島やじまに抱かれても意味無いからな」



やじま?



「だ、だれですか、その人たち…」


「西高の総長と幹部」


「え…?」


「そこは護衛を徹底してるからな、内側から崩したい。だからお前を使う、分かったな?」


「ま、まって…」



頭痛のせいか、理解ができない。



「それは、セフレになれって、ことですか、」


「ああ」


「スパイになれってことですか」


「頭がいいっていいな、物分りが良くて助かる」



物分りが良くて?



「…できません、そんな事」


「できない?」



亜貴の目が細くなる。



「今できないって言った?」



分かっているはずにのに。

抱かれるという行為が、恐怖でしかないことを。




「俺の言うこと聞けねーの?」



亜貴の声が一気に低くなり、私は唇を噛み締めた。



「出来ねぇなら倭を使うだけだ」


「…倭…?」


「山本聖の女に近づけってな、1発犯してこいって。まあ無理だろうな、護衛強いし。捕まってつめられて倭はオワリ」



そんなの、



「いいか?お前も、失敗はない」


「……」


「失敗しても、助けない」


「……」


「その幹部の中に、綾の弟がいる。弟には何もするな。いいな?」


「…目的は、」


「あ?」


「西高の、男に、抱かれる目的はなんですか…」



亜貴は、ふ…と笑うと、「黛んとこがそこを狙ってるって聞いてな」と、足を組んだ。



「つっても、黛じゃなくて弟の方か…」



弟…?



「黛は近々、弟に潰される」



潰される?

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