第25話

――――結局マネージャーの車に押し込まれた私は、車の中で状況を整理した。



琉偉は活動初期に私を見て励まされていたという。


自分と同じ初心者の活動者を漁っていたと言うなら、琉偉が私の活動当初からファンだったのも納得がいく。



高速に乗っているため凄い勢いで移りゆく景色を眺めながら溜め息が出た。


最新刊の続きも気になるってのに、何で私がこんなことを……。



そんな文句を言いたい気持ちになってからふと、後輩から助けてくれた時の琉偉の表情を思い出す。


――私がぶつかった時、あいつは迷わず私を助けようとしてくれた。


あいつが人気なのはきっとあの人の良さもあるだろう。


……意味の分からない能力の部分だけじゃなくて。





 :




事務所は大都会の真ん中に聳え立つビルの中にあるようだった。


マネージャーが私を連れて裏口から入り、“関係者以外立ち入り禁止”とドデカく赤文字で書かれた通路を通って奥へ向かう。


セキュリティカードを翳してエレベーターへ乗り、25階で降りた。



私こんなところ来ていいのかな……とソワソワしながら付いていった先に琉偉の待機室があった。



「後はよろしくお願いします」



てっきり付いてきてくれると思っていたマネージャーは私にそれだけ言って別室へと去っていった。


私への信頼が凄いな。



実は盛大なドッキリ番組の一貫で、中に大きなゴリラとかいたらどうしよう……と不安に思いながらドアを開けて中へ入ると、“ズゥゥゥゥゥン”という擬態語がぴったりなほど見るからに凹んでいる琉偉がいた。


椅子の上で体育座りしている。



「……えーっと……琉偉?」



ピクリと琉偉の耳が動いた。



「……琉偉?」



二度呼んだことで、琉偉の顔がようやくこちらに向く。



「ゆきちゃん……?」


「勝手に入って申し訳ないけど、私はマネージャーさんに連れてこられて……」


「ゆきちゃん!!」


「ぎゃあああああああああ!!」



琉偉が私に飛びかかってきて、胸に顔を埋めてスンスンと匂いを嗅ぐものだから、思わず蹴り飛ばしてしまった。



「何すんの!?通報されたい!?」


「えっ、あっ、ゆきちゃ、……本物?」


「本物以外何があんだよ!」


「ごめんたまに幻覚見るからてっきりそうだと……!」


「病院行けぇ!」



怒鳴ってから、ふと琉偉の目元が赤く腫れ上がっていることに気付く。


琉偉が座っていた椅子の隣に置いてあるゴミ箱もティッシュでいっぱいだ。


きっと相当泣いたのだろう。それを察して黙り込んでしまった私を見て、琉偉が恥ずかしそうに頭をかく。



「……はは、かっこ悪いとこ見せちゃったね。せめてゆきちゃんの前では、かっこいい城山琉偉でいたかったんだけど」


「……」


「……俺、ほんとは、こんなで。何かあったらすぐ泣いちゃうし、メンタルよわよわだし、ゆきちゃんに憧れてるくせにゆきちゃんとは全然違うんだ。今だって……怖くてもう番組に出たくないと思ってる」



琉偉の指先が震えていた。炎上で滅入っているのは本当なのだろう。


私は私に蹴り飛ばされたまま立ち上がらず床に座り込んでいる琉偉に視線を合わせるため、屈んだ。



「あんた、私の前でかっこよかったことあった?」


「……えっ」


「むしろかっこ悪いところしか見せられてない気がするんだけど。私見るとすぐだらしない笑顔でにへらって笑うんだから。締まりもクソもない」


「それは、ごめん……ゆきちゃんがあまりに可愛いからニヤニヤしちゃって」


「それなのに今は、何でしょげてんの?私が来たんだからあまりの可愛さに笑えば?」



私は琉偉の柔らかい頬を抓って言った。



「どんな失敗したって、どんなに文句言われたって悪口言われたって脅されたって、琉偉は大丈夫。だって私がいるじゃん。画面の中の私が写真をあげ続ける限りあんたは何があったって大丈夫。だって今までもそうだったんでしょ」


「……うん」


「私は俳優の城山琉偉のことはよく知らないけど、ガチ恋オタクのルイのことは信用してるし、私がいれば何でもできる男だって思ってる」


「うん……うん」



琉偉が勢いよく立ち上がった。


そして屈んでいる私に手を差し伸べる。



「俺さ、ヤラセなんかしてないけど、ヤラセだヤラセだって言われ続けて、自分がよく分かんなくなってきてたんだ」


「ふーん。あっそ」


「ゆきちゃんは俺のこと、良い人だと思う?悪い人だと思う?」


「それは私が決めることじゃないでしょ」


「ううん。ゆきちゃんが決めることだよ。俺はゆきちゃんが望む俺になる」


「……」


「ねぇ、どうなの。ゆきちゃん」



甘えるようにすり寄ってきた琉偉は、相変わらず顔がいい。


その魅力に吸い込まれないようにしながら答えた。



「良いオタクだよ。琉偉は。私、金払わないオタクは他人だけど金払うオタクは恋人だと思ってるから。私のファンの中で一番私に貢いでる琉偉は、私の一番目の恋人も同然」


「……っ」


「ファンくらい黙らせられるでしょ。私の恋人なんだから」



琉偉の手をぎゅっと握り返し、爪先立ちしてその頬にキスをした。

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