第93話

「あの…大丈夫ですか?」


『…』


突然視界から空が消える


俺にはもう、何もなかったんだ。


俺を見下ろして心配そうに見つめた、彼女に出会うまでは。


『…誰、お前。』


「ぁ…すいません。入学式中にこんなところにいるから、体調悪いのかと思いました。」


体を起こして、そいつの上靴を見る。


『お前も同じだろ。』


一年の上靴の色。


胸についたコサージュ。


『お前、入学式サボるとかヤバイだろ。』


「だって…誰のために出ればいいのかわかんないんだもん。」


『は?』


屋上の柵から校庭を見下ろした彼女の横顔を見て気付く


『…』


彼女は、優に似ている。


『入学式って、自分のために出るもんじゃないの?』


「違いますよ。自分が成長した姿と、これから更に成長していく姿を、両親に見てもらう日ですよ。」


『なんだ、それ。』


悲しい目をした彼女の横顔を見て


きっとこいつも、俺と同じような境遇なんだろうと思った。


『お前さぁ、』


「朱里。」


『は?』


「お前じゃなくて、西野にしの朱里あかりです。」


そうやって


屈託のない笑顔で俺を見た朱里の笑顔を


『…』


俺はきっと忘れない。



そして


朱里の笑顔を奪った俺の罪を


その罰を



一生背負って、生きていく。

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