第20話

『…雨。』


突然頬に触れた水滴が


少しずつ数を増す


「やべ…降ってきた。」


《やばいっ降ってきた》


『…』


「おいっ何やってんだよ、行くぞ。」


そう言って私の腕を掴んだ弘人


強くなる雨


少し走ったところにあるコンビニ…


「結構濡れたな。」


弘人は温かい紅茶と傘を買う


『…』


《傘売ってる、630円だって》


「ほら。」


今買ったばかりの紅茶を私に手渡して


「冷えただろ。持ってろ。」


濡れた私の頬を手のひらで拭ってくれる


『…』


頬に伝う涙は


「傘、一本しか売ってなかった。」


なんの涙…


『…うん。』


「送る。」


髪から滴り落ちる雨水が涙を隠してくれる


あの頃は買えなかった傘


自分の背中を濡らして傘に入れてくれた弘人のお母さん


家に送り届けてくれた後


弘人の髪をくしゃっと撫でて「帰ろう」と微笑んだ後ろ姿


あの人は


もういない。


「ここだったよな、お前のうち。」


『うん。』


「じゃあな。」


『あ、』


「ん?」


『…ありがと。』


「…おう。」


小さく微笑んだ弘人が


なんだか穏やかで


まるであの頃に戻ったように思えた


その背中を見つめて


離れていかないで欲しいと



『…』




思った。

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