夜の攻防
「山名さん……なに、してるの?」
山名さんが、自殺……? まさか、そんなこと。
私の問いかけに、月の光を浴びながら山名さんはふわりと微笑んだ。
「月が綺麗でしょう? こんな日は死にたくなるの」
やっぱり川に飛び込もうとしていたんだ。あの山名さんが、だ。
「だ、だめだよ。そんな簡単に死ぬなんて言っちゃ」
私はそう言ったけれど、内心本当だろうかと自分に問いかけた。山名さんがいなければ、と思う自分はいないのか。止めなければよかったと思ってはいないか。そう考えて、自分が情けなくなった。
「簡単じゃないよ? そんなふうに言える佐々木さんは幸せなんだろうね」
山名さんの言葉に胸が痛んだ。
なんでも持っているように見える山名さんが死にたい理由はなんなのだろう。私には到底分からなかった。
私は黙って山名さんを見つめるしかできなかった。
「それに、本当は思ってるんじゃない? このまま私が消えてくれたらって」
山名さんは首を少し傾げて、複雑な笑みを浮かべた。
「それは私の自意識過剰か」
「お、思ってるよ! 山名さんはいつも完璧で、私の前に立ちはだかる壁だから!」
思わず叫んだ私に、山名さんは驚いたように目を見張った。
「でも、死ぬのはやっぱりだめだよ!」
「相変わらずいい子ちゃんだね、佐々木さん。あなたのそういうところ、嫌いじゃないけど、時々苛ついてたのよね」
山名さんの表情が歪んだ。
山名さんのこんな顔は初めて見る。
私に苛ついてた? 山名さんが?
「まあ、どうでもいいことね、そんなこと。佐々木さんは、今日、私を見なかった。これで丸く収まるでしょ? もうとめないで」
再び橋に足をかけた山名さんの腕を、私は掴んだ。自分でもよくわからなかった。
けれど、このまま見過ごすのは違うと思った。
「とめるよ! このまま山名さんが死んだりしたら……」
「したら?」
「永遠に山名さんを超えられないから! 勝ち逃げなんて許さない!」
私は訳もわからずそんなことを言った。
先ほどまで存在が邪魔だった山名さんを、どうしてこんなに強くとめようとしているのかわからない。けれど、私の壁だからこそ、こんな形で死んでなんて欲しくない。
万引きをしたことのある山名さん。
死にたくなる山名さん。
きっと私には理解できないほどの悩みに苦しんでいるのだろう。私は山名さんの親友なんかじゃないから、聞くことはできない。でも、山名さんは私の上に君臨し続ける、言わば目標なのだ。私が超えるまではそうでなければならないのだ。
「私に勝つつもりなの?」
「もちろん!」
そうは言ったものの、山名さんに本当に勝てるのだろうか? 山名さんに勝てるとしたら……。
「山名さんより幸せになってみせる!」
山名さんは虚をつかれたように私を見つめた。
「だったら、もう勝ってるじゃない。まあ、いいわ。今日は自殺はやめとくわ」
山名さんの言葉に、私は全身から力が抜けていくのを感じた。
「今日のことは秘密ね。私ももう少し頑張ってみるわ。幸せになること。でも、もし次見たら、そのときはとめないで」
この世のものではないような美しさで山名さんは微笑むと、私を置いて歩いていってしまった。
私はしばらく呆然として佇んでいた。
家に帰っても、夢か現かわからず、私はその日眠れなかった。
翌日、音楽の授業で山名さんと目が合った。山名さんは人差し指を口元に当てて、秘密、と言うように私を見た。
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