聖剣畑でつかまえて(テスト)

甘栗ののね

第1話

 畑に育った聖剣を抜くのが彼ら勇者の仕事のひとつである。


「さあ、働け働け! 魔物は待ってはくれないぞ!」


 見渡すかぎりの聖剣畑。地面に生えた聖剣がずらりと規則正しく並ぶ光景はなんとも圧巻である。


 そこは国営の聖剣農場。そこでは毎年たくさんの聖剣が生産されている。


 かつてその国は凶暴な魔物に悩まされていた。魔物は聖なる力を持つ武器でしか滅ぼすことができず、それが可能なのは聖なる武器を持つ勇者だけだった。


 聖なる武器は貴重品である。もちろん数は少なく扱える者も限られている。なので人々は高い塀を築き、その塀に魔物除けの魔法をかけてその中で暮らしてきた。


 そんな生活が変わったのは30年ほど前のことである。当時の国王エラーイ3世が設立した『国立聖剣農場』によって聖剣の量産が可能になったことで、人々は魔物に対抗する術を手に入れたのだ。


 今では聖剣の大規模栽培がおこなわれ、毎年多くの聖剣がたくさんの人の命を救っている。


 だが、そんな聖剣栽培には問題があった。


「おい! 何サボってんだ! さっさと収穫しないと聖剣がダメになるだろうが!」


 農場の現場監督官の怒号が響く。それを浴びながら数人の男女が黙々と聖剣を抜いている。


 聖剣を抜く。それは勇者にしかできない偉業である。選ばれた者しか聖剣を抜くことができないため、それ自体が勇者の証明でもあった。


 そして、それは今も同じだ。選ばれし者しか聖剣を抜くことができない。


 彼らはそんな選ばれし者たちだ。勇者と呼ばれる彼らは収穫時期を迎えた聖剣を黙々と抜き収穫していた。


「お前たちが怠けるとそれだけ大勢の人の命が危険に晒されるんだ! お前たちのせいで命が失われるかもしれないんだ! わかってるのかグズどもが!? ああ!?」


 現場監督官の罵声を浴びながらも聖剣を収穫していく。しかし、まったく終わる気配がない。


 それもそのはずで広大な聖剣畑には数万本という聖剣が植えられている。そんな大量の聖剣を収穫できる勇者はたったの10人。それもすべて手で抜いていかなくてはならない。


 明らかな人手不足である。しかし、誰も容赦してくれない。


「おら! キビキビ働けのろまども! お国のために血反吐を吐いても働くんだよ!」


 照り付ける太陽、遮る物のない広々とした畑。その中で汗をかきながら必死に聖剣を抜いていく勇者たち。


 そんな勇者の一人がよろめき、その場に倒れた。


「何を休んでんだ! おら! 立ておら!」


 現場監督官が倒れた勇者を鞭で容赦なく打つ。だが反応は鈍く、鞭で打たれるたびにうめき声をあげるが抵抗する様子はなかった。


「チッ、役立たずが。おい、こいつを運べ」


 現場監督官が指示を出し、部下たちが倒れた男を乱雑に抱えてどこかへ運んでいく。


「何見てやがる! 収穫を続けないか!」


 勇者たちは次々と聖剣を抜いていく。かつては人々に崇められ尊敬されていた勇者たちが畑に生えた数万本の聖剣を収穫するために働いている。


 それが勇者の現状である。彼らはすでに人々の希望ではなくただの労働力となっていた。


 その勇者の一人がロロイである。14歳の栗色髪の少年だ。


 そんなロロイは聖剣を抜く手を止めて監督官に声をかける。


「あの、こいつはまだ収穫には早いと思うんだけど」


 ロロイは監督官に意見した。だが、その言葉が受け入れられることはなかった。


「無駄口を叩くな! お前は魔導師か? 錬金術師か? 聖剣を抜くしか能のない偽物が!」


 偽物。そうロロイは偽物の勇者である。


 人造勇者。勇者手術を施され人の手で造り出された勇者である。


 ロロイは孤児だった。幼い頃に捨てられ路上生活を送り、人狩りの餌食となり、そして流れ流れて聖剣農場に送られ勇者手術をうけ人造勇者となった。


 それは幸いなことだった。なにせ手術に適合できなければ死んでいたからだ。それに環境は過酷だが、毎日食事にありつけるし、屋根のあるところで眠ることができている。


 それに人造勇者となったことで体も強くなった。毎日大変だが、路上生活よりはマシだった。


 けれど、少しだけもやもやすることもある。


 確かに食事も寝床もある。けれど、何かが足りない。思い出せない。


 そう、ロロイは記憶喪失だった。勇者手術の影響で記憶の一部を失っていたのだ。


 ただ、ロロイは諦めていた。記憶も境遇も何もかもすべてである。


「そうっすか。わかりました」


 現場監督官に怒鳴られたロロイは特に気にする様子もなく持ち場に戻る。そして聖剣を抜く。


 そんなロロイは聖剣を抜くとき誰かに謝っていた。


「ごめんな」


 そう呟くとロロイは聖剣に手をかける。その耳に声が聞こえてくる。


「やめてー。あー、あー」


 ロロイは目を閉じながら聖剣を抜くと、脇に置かれた車輪付きの籠に入れる。


「ひどいー」

「あんまりだー」

「ギャクタイだー」


 ロロイの耳にたくさんの声が聞こえてくる。だが、畑で声を出しているのは現場監督官たちだけだ。


「ごめんて言ってるだろ。あいつら俺の言うことなんて聞いてくれないんだよ」


 そんなことをブツブツ呟きながらロロイは次の聖剣を抜く。


「うーわー、やさしくー」

「はいはい、やさしくな」


 声が聞こえる。だがやはり声を出している人間は現場監督官たちしかいない。


 それは人の声ではなかった。ロロイは聖剣の声を聞いていたのだ。


 それはロロイだけの力。ロロイはそこにいる者たちの中で唯一聖剣の声を聞くことができたのだ。


 だが、それを信じている者は誰もいなかった。何度説明しても農場の関係者も勇者たちもロロイの言葉を信じてはくれなかった。


 なのでロロイはすっかり諦めていた。諦めて黙って言うとおりに聖剣栽培に従事していた。


 そうすれば食いっぱぐれることはない。黙って従っていれば食事を貰えるし、最低限人間らしい生活がてわきるのだ。


 だがそれも永遠ではなかった。


「お前らはクビだ。さっさと出てけ無能ども」


 突然の解雇。それまで必死に働いてきた勇者たちは抗議の声を上げ、抵抗の意思を示した。


 だが、それは聞き入れらえれなかった。


 そう、彼らはもう必要なくなってしまったのだ。


 原因は王国で開発された『勇者グローブ』だった。


「こいつがあればお前たちは必要ない。聖剣を抜くしか能がないお前らは用済みってことだ。ハハハハハハハッ!!」


 選ばれし勇者でなくとも聖剣を抜くことができる魔法のグローブ。王国はその量産に成功したのである。


 現実は非情である。数が限られ隷属の呪いにも耐性のある勇者より、いくらでもいる一般市民や何でも言うことを聞く奴隷の方が使い勝手が良いのだ。


 それが国の方針だった。理不尽にもほどがあるがそれが現実なのだ。


 こうして勇者たちは農場を解雇された。しかもただ解雇されただけではなかった。


「今すぐこの国から出て行け。暴れられても困るからな」


 国はどこまでも非情だった。勇者たちが徒党を組み国に対して反抗しないように、勇者たちはそれぞれ強制的にどこかへと転移させられた。


 もちろんロロイもその一人だ。彼は魔法で眠らされ、そのまま魔法でどこかへと飛ばされてしまったのだ。


 ただし、ロロイは他の勇者たちとは違った。


 深い眠りの中、ロロイは何かの声を聞いた。


「こっちこっち」

「こっちよー」

「やー、やー」


 眠ったままロロイは転移魔法でどこかへ飛ばされた。


 転移させられた場所はどこかの知らない森の中。その森で目を覚ましたロロイはぼんやりとする視界の中にある物を捉えた。


 それは聖剣だった。空に届きそうなほどの大樹の根元に生えた美しく神々しい聖剣だった。


 その聖剣がロロイに語り掛ける。


「やあ」

「……おう」


 ロロイは聖剣に導かれどこかの森に飛ばされた。


 これは偽物勇者ロロイと聖剣たちの物語。

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