第2話
「だから、リルベルド・ディーマス! 何度言わせるんだよ!?」
取調室だった。石で造られた壁が四方を囲み、窓の無い狭い部屋。
入り口に兵士。隅に記録係。そして、机を挟んで向かい側に若い男。
悔しいが、美形だ。短めの金髪に装飾よりも機能を追及したデザインの眼鏡。緑の瞳で冷ややかにこちらを見ている。
「……で! 何で俺が取り調べられなきゃならねーんだよ?
さっきも言ったけどな、俺は絡まれてたあの娘(こ)を助けただけだって!」
そもそも、何で取り調べの場所が帝宮なんだ? これじゃ、まるで重犯罪者じゃねぇか。普通、兵士の詰め所か何かだろ?
「……一方的に、叩き伏せた。
そう聞いたぞ」
冷ややかに言ってくる、眼鏡の男。
……う、それは……
「……腕に覚えでもあるのか?」
「しがない傭兵だよ」
なげやりに答える。
俺は三十前と若く経験は浅い方だが、それでも腕は立つ。……自慢だけどな。
傭兵仲間じゃ結構有名なんだぜ?
……そういえばこの眼鏡。なんかご立派な服装してやがるな。胸についてるのは勲章か? ……まあ、それ以上に態度がでかいが。
「なんだったら、あの娘に訊いてくれよ!
えっと確か……リーリアってコだ!」
ひくり。眼鏡が顔を引きつらせた。
「貴様……今、何と言った?」
言いながら立って、抜剣する。
ちょ、ちょっと待て! 俺はここに入る前に武器を取り上げられて――要するに、丸腰だぞ!
「……リーリア? しかも呼び捨て?
身の程というものを教えてやろう」
机を回り込んで近づいてくる。俺は、せめて避けようと身構える。……狭いけどな。
と、その時。
「スウォード!」
扉が開いて可愛い子がひとり、入ってきた。……助かった。
腰まである銀髪に青い瞳。年のころは十八前後。今は立派なドレスを着ている。
……さっき酒場で助けた、リーリアだ。
「何をしているのです?」
「申し訳ありません。リーリアント様」
言うなり、スウォードと呼ばれた男は剣を収めて跪く。……このコ、そんなに偉いのか?
……ん? スウォード? ……まさか……
「スウォード・ドルメット!?」
俺は大声を上げていた。
知ってるどころじゃない。有名人だ。
大貴族ドルメット家の跡取り息子。それだけならまだしも、武術に優れ、智謀に長け、若干二十四歳で将軍にまで登りつめた実力派だ。
「……何だ? その言い方は」
「……あ……いえ、失礼しました。ドルメット将軍」
悔しいが、一応言っておく。……こうでもしないと本当に首が飛ぶ。
……待てよ? 何でドルメットの奴が、このコに傅いてるんだ?
「……あの……リーリア……あんたは……」
「貴様! この無礼者が!!」
「お止めなさい! スウォード!」
また剣を抜いたドルメットを彼女が制する。
そして俺の前に来ると、
「ごめんなさい。ちゃんと自己紹介していませんでした。
私は、リーリアント。
リーリアント・ジュレア・メルフィースです。よろしくお願いしますね」
笑顔で言う。
俺の思考は、一瞬止まった。
メルフィース。それは、この国の名前。
……ってことはまさか!
「あの……もしかして……皇女様?」
恐る恐る、訊いてみる。
いやでも、リーリアントなんて皇族、聞いたことねーぞ。皇族の名前は全部公開されてる。
……覚えてない奴や知る余裕がない奴もいるけどな。貧民街の連中みたいに。
「確かにお父様の娘ですけど……母親が違うので」
お父様。それは多分、皇帝のことだろう。母親が違うってことは……
「えと……隠し子?」
「そういうことです」
屈託のない笑顔で答える彼女。と、
「跪け。この無礼者が」
……あの……後ろから首筋に剣を突きつけるのは止めて欲しいんですが。
「止しなさい。スウォード」
彼女の一言で、また剣を納めるドルメット。……権威に弱い奴。将軍なら当然か。
「それより、スウォード。お父様とお話しして参りました」
毅然と言い放つ彼女。只事じゃない口調だ。
「あなたとの婚約、解消です」
「……は?」
ぶっ! 俺は吹き出しそうになった。
だって、今まで威張りくさってたドルメットの奴が、あんな間抜け面を!
でも次の瞬間、俺はもっと驚いた。
「私、この方に致します」
言いながら、彼女は俺の手を取ったのだ。
ち、ちょっと待てぇええっッ!
そう叫ぶことも、許されなかった。
◇◆◇◆◇
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