1,愛すらも、護れず

第2話

第1章 ~愛すらも、護れず~


 1 傲慢な王子


 ファイクリッド王国の地方都市。

 別にどうということもない。取り立てて言うことのない、小さな町だ。


 兄の支配下のその町を、彼はただ眺めていた。短めの黒髪にアイスブルーの瞳。背は高く、整った顔立ち。年のころは十八、九。細い体躯に、旅用の外套を纏っている。


 少しして歩き始める。さっさと宿舎に戻り明日に備えよう。だが、足はまた止まった。

「どうなさいましたか? リュシオス様」

「……いや、別に……」


 別に、という様子ではなかった。迷っていたようだが、ややあって歩き出す。先程とは違う方向だ。


 町の入り組んだ角を曲がるうち、騒ぎが聞こえた。人だかりをかきわけて進むと、兵士なのだろう、酔っ払った男が黒髪の娘に絡んでいる。


「リュシオス様?」

 怪訝な声を他所に、彼は駆け出していた。大剣――ただし、鞘は外さずに――を構え、突き出す。酔っ払いは壁にめり込んだ。


 咎めるように側役が寄ってくるが、何か言われる前に娘の腕を掴んで歩きだした。娘が抗議の声を上げるが、構いはしない。


 騒ぎが追いついてくる前に宿舎に戻った。


「な、何なんですか? 一体」

 娘を無理矢理ソファに座らせ、自分も向かい側に座った。

「名前は?」

 アイスブルーの瞳で彼女を見据え、言う。

「え?」

「質問に答えろ」

 一瞬の沈黙の後、

「……リ、リリア……です」

「年は?」

「十八」

「この町の人間か?」

 矢継ぎ早に質問を続け、終わる頃には日が暮れていた。


「……分かった。もういい」

 紅茶を一口啜ると、彼は、


「今すぐ仕事先に辞表を出して住まいを引き払え」

 有無を言わさず、言い放った。


「……は?」

 思わず声を裏返した娘――リリアと名乗った――に、彼は、

「聞こえなかったか?」

 表情を変えず、面白くなさそうに言う。アイスブルーの瞳は、感情を映さず彼女を見つめていた。


「……な、何で?ですか?

 仕事やめろって……それじゃどうやって……」


「うるさい黙れ」

 面倒くさそうに彼が言うと、彼女は怯んだように一瞬黙る。

「逆らうな。言うとおりにしろ」


「あ、あなた一体何ですか? 何で私が仕事辞めてここから出て……、さっきも言ったけど、家は私が仕送りしないと……弟だって熱を出して……」


「うるさい」

 言いよどむ彼女に、きっぱりと言い、冷めた紅茶を飲み干し、

「百セメト……でいいか?」

 彼女が目を瞬かせる。彼女にすれば、手にするには途方もないような大金だ。


「お前の実家に月百セメト送る。ついでに、お前の村に医者を派遣する。それでいいな?

 分かったらさっさと仕事を辞めて来い。言うとおりにしないなら、このままさらうぞ」


「……え? あの、どういう……」


「分かった。もういい」

 思い通りに動かない彼女に嘆息し、側役に向かって、

「こいつの部屋に行って荷物を全部持って来い。仕事先と大家、それに近所の住人にこいつのことは忘れろと通告もしておけ」


 大体彼の意図を察した側役が、何か言いたそうな顔をしつつも従った。


「お前はこっちだ」

 彼女の腕を引きずって部屋から出て、自分の居室に向かう。ベッドの上に無理矢理座らせると、


「いいか」

 彼女の前に立ち塞がるようにして、アイスブルーの瞳で彼女を見下ろし、有無を言わさぬ口調で言い放つ。


「お前はこれから、俺の目の届かない所へ行くな。俺の指示に従い、逆らうな。お前が言うことを聞いていれば、お前とお前の家族の生活は保障する。それで文句ないな?」


 言い終えるなり、彼女から興味を失くしたようにクロゼットの方へ行き、外套を脱いで室内着に着替えた。

 書類にサインをする間も、視界の端に彼女の姿を捉えていたが。




◆◇◆◇◆

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