派遣侍女リディの平穏とは程遠い日々〜周りは愛されているって言うけれど、気のせいだと思います〜
琴乃葉
第1話
ここは、とある伯爵家の一室で行われている宴。
酒気と喧騒の渦巻く中、ブロンドの髪をした踊り子が軽やかに舞う。彼女が動くたびに緩く波打ちした髪が、まるで意志を持っているかのように宙を泳ぎ皆の視線を集める。長いまつ毛は、伏せ目がちな鮮やかなロイヤルブルーの瞳に、物憂げに影を落とす。
踊りもさることながら、彼女が注目を浴びるのはその容姿にある。
この国ハザッド国が何百年も前に創設された時の王族が、ブロンドの髪にロイヤルブルーの瞳を持っていた。今は血も薄まりその両方を兼ね備えた王族、貴族は少ない。そのためか、その容貌を持つことが彼らのステータスとなっている。異国からブロンドの髪の女を買い取ったとか、ロイヤルブルーの瞳を持つ孤児を養子に迎えたとか。噂には事欠かない。
細い手足と、丸みのある胸元を強調するかのように造られた柔らかな素材のドレスは、彼女が舞うたびに羽のようにふわりとひらめいた。
スリットから見える足が、良く絡まないなと思う速さでリズムを刻んでいく。次の瞬間高く跳躍し、足音を立てることなく着地する。蝶のような身の軽さに皆が思わずため息を漏らす。
この国の政治は乱れ始めている。
始まりは十年前、ラグナード辺境伯が第一王子の暗殺未遂を犯したことから始まる。ラグナード辺境伯の家族は皆殺しにされ、辺境伯の庇護を受けていた子爵、男爵家はとりつぶしされた。この事実は当時国を震撼させ、国民を動揺させた。何故なら、ラグナード辺境伯は軍の指揮だけでなく、王家の右腕として長らく政治に関わっており、彼らが国にもたらした恩恵は大きかったからだ。
政治の乱れは貧困と治安の悪化を招く。それは一番始めに平民の間に起こり、次いで没落する男爵家の数が毎年増えていった。そんな国では、それぞれの領地で毎夜怪しげな宴が開かれる。隣国の噂話から密談、密会、お金になりそうな話。
「最近珍しい染料が手に入りましてね」
「ほう、それはどんな物ですかね」
「どんな物でも鮮やかに染め上げることが出来るんですよ。質の悪い絹を一級品のドレスに仕立てる事も可能になる」
宴の中で交わされる、怪しげな話を右から左に聞き流しながらお酌をしているのは「マリアナ派遣所」から来た女達だ。
先程の会話にでぶっと太った腹を揺らしながら、宝石商が加わる。ドレスに宝石は付き物だ。儲け話にはどこからともなく人が集まってくる。
ヒソヒソ話が交わされる中、先程まで中央で踊っていた踊り子が酌に周り始めた。顔の下半分を布で隠しているのは、なんでも火傷の跡があるからだとか。声が出ないのもそのせいらしい。
しかし、この国で尊ばれる金色の髪とロイヤルブルーの瞳に吸い寄せられる者は多い。彼女を妾にして、その髪と目の色を持つ子供を欲しいと望む貴族は後を絶たないが、それらの話はマリアナがバッサリと切り捨てている。
潰れた男爵家の令嬢や、教育の行き届いた商家の娘を集め、高位貴族の屋敷に侍女や家庭教師として派遣をする「マリアナ派遣所」は町中でもちょっと噂になっている。質の高い侍女が揃っているのが売りだけれど、夜会にも派遣しているのは意外と知られていない。
「それでな、あの国の王子ってのが愛妻家でね」
「おう、俺と同じじゃないか」
「嘘つけ。で、息子が一人しかいないから側室をとれって周りがうるさいらしいよ。自分の娘をこっそり王子の寝室に手引きする高官もいるとか」
「いいね。待ってるだけで向こうから来るなんて」
男はそう言いながら、酌をする女の細い腰を抱き寄せる。他国の噂話はお金に繋がりにくいが、知っていて損なことはない。何気ない会話に将来の火種が混じっていることもよくあることだ。
部屋の隅でマリアナはあちこちに目を配る。五十歳半ばには見えない容姿で、若い頃はすれ違う人が皆振り返る程の美人だったらしい。過度に女にふれる貴族がいれば、さりげなく間にはいる。腰を抱き寄せられた女がさりげなく身を躱したのを目の端でとらえ、上げかけた腰をおろした。紫煙を燻らそうと、懐に手を入た所で、小柄な紳士が隣に座った。
「ちょっとお聞きしますが、そちらでは夜の蝶だけでなく、侍女の派遣も行っているとか」
マリアナは、話しかけてきた男にグラスを差し出し、酒を注ぐ。
「ええ、質のよさなら私の店が一番ですよ。なにせ没落した男爵令嬢や教育の行き届いた娘たちばかりですからね」
「ほうほう、それでは淑女教育を受けた娘もいるというわけですな。ちなみにどの男爵家か教えてもらえないだろうか?」
マリアナはゆっくりと首を振る。栗色の髪が肩の辺りでふわりとゆれ、甘い匂いが広がった。
「どんなお屋敷にでも派遣いたしますが、条件が二つ。彼女たちの素性を調べない事。あくまで侍女の仕事だけをさせること。これを守って頂けるのなら、優秀な侍女を派遣いたしますよ」
マリアナ派遣所では酌の相手をさせることはあっても閨を取らせることはしない。尤も彼女たちが個別交渉に応じた場合は別だけれども。
小柄な男は分かったと頷くと、さっそく本題に取り掛かった。
「お城勤めの侍女を探している。一人いい人物を紹介して欲しい。期間は半年。なに、仕事は簡単な給仕係だ。ただ、王族にも食事を運ぶから政治に縁遠く、マナーができる者を探している」
至極まっとうな依頼にマリアナの唇がゆっくりと弧を描く。それに反して頭ではすごい速さで金計算がされている。女達に給料を出し渋ることはしないが、金がありそうなところには遠慮なく吹っ掛ける強かさを彼女は持っている。
二人が商談を進める中で、先程の踊り子が再び中央で舞い始めた。
紫煙くすぶる中、宴は今夜も続いて行く。
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