第3話
不細工でかわいいチョコレート
帰り道、暇な奴らに絡まれる。ランドセルを引っ張られたりして、ずっと無視してたら、家の近くでサッカーボールを後ろから頭に投げられた。本当にくだらない。向こう側から莉里が歩いてきて、それを見て目を丸くしていた。
(あ…)と思った時は莉里は急いで家に入って行った。
なんだか情けないところを見せてしまった、とちょっと落ち込んだ。すると後ろから蹴られる。手が地面に着いた。小さな傷が手のひらにできて、赤い血の玉がちょっと浮き出る。本当にうざい。
「あんたたちー」と言いながら、莉里が箒を持って出てきた。
そして箒の柄の先をいじめっ子の主犯の男の喉に突きつける。一体、どこでそんなことを習ったんだろう。
「名前、学年、クラス、言いなさい」と目を吊り上げて言う。
「な、なんだよー」と言うと、ツンと喉を突いた。
そいつは喉を突かれて「げぇ」と言うから、周りの子が引いていた。
「ほら、あんたたちも名前とクラス、言えないなら、律から聞くから」と言うと、周りがさっと青い顔をした。
「次したら、ただじゃおかないからね」と莉里は睨みつける。
それであっさりみんな走り去ってしまった。莉里は怪我している手を見て、慌てる。
「りっちゃんの手から血が出てる。ピアノ弾けなくなる」と言って、手を引いて、洗面所まで連れて行かれた。
そして水道で思い切り手を水で洗い流してくれる。
「小さい石とか入ってない」
全然、そんな大した怪我じゃない。ただちょっと擦り傷があるだけだ。そして救急箱を取ってきて、消毒されて、その上、ガーゼをつけられて包帯でぐるぐる巻かれてしまった。
「莉里ちゃん。ありがとう…でも、これ、余計にピアノが弾けない」
「あ…」
思わず笑うと、安心したのか莉里が泣き出した。
「よかったー。でもあんな酷いことされてるなら、教えてよー」
「…別に大したことじゃ…」
「そんなことない」と莉里に抱き着かれた。
この頃、本当にそういうのが困る。莉里はペットか何かと思っているのかもしれないけれど、なんかすごく変な気分になる。
「大丈夫だから。外して」
「あ、ごめんね」と莉里は包帯を外した。
まぁ、それもそうなんだけど、と心の中で呟いて、手当された手のひらを見る。
「痛い?」
「ううん。本当に大丈夫だから」
「…もっと頼ってくれていいのに」
なんて言っていいのか分からないけど、莉里にそんなところ見られたくなかった。でもありがとうとだけ言った。
その夜、主犯格の母親から電話が来た。莉里の母親が出て
「え? そうですか? 莉里が?」と澄ました声で応答していた。
莉里が電話に代わって
「え? あ、それ、偶然当たったんです。でも…うちの律にボールを当てたり、蹴ったりしてましたけど、それも偶然ですか? 後、お名前伺えたので丁度よかったです。学校に連絡しますね」と平然と言った。
その様子は親子そっくりだった。電話を切ると、莉里の母親も特に怒るわけでもなく、澄ました感じで「変な人」とだけ言った。
莉里はにっこり笑って、連絡帳をランドセルから勝手に取り出し、長々とことの顛末を書いた。
「りっちゃん、これ、先生に見せないと、私が学校に行くからね」と軽く脅された。
そんなわけでしばらく続いていたいじめは無くなった。友達ができることもなかったけれど、なぜかバレンタインの日はチョコレートが机の中や、ランドセルの中に入ってたし、家のポストにもたくさん入っていた。
「りっちゃん、すごい」と莉里が目を丸くして言う。
「うーん。いる?」
「…ううん。それじゃあ…私からのはいらなかったかな」
しょんぼりしている莉里を見て、首を横に振った。
「くれる…なら、欲しい」
「ほんと?」とすぐに嬉しそうに言って、手を引いて、台所に連れて行かれる。
甘いチョコの匂いが漂う。そして申し訳ないが、とても苦労した後の見えるチョコレートがお皿に乗っていた。ただ溶かして固めただけのハート型のチョコレートなのに、なぜか形が歪んでいる。
そしてお皿ごと渡されて
「味見してみて」と得意げに言う。
もちろん、溶かし固めたチョコレートは普通に美味しかった。中にイチゴジャムが入っていた。
「うん。美味しい」
「良かったー。初めて作ったの。手作りチョコ」
「ありがとう」と言うと、「後でちゃんとラッピングするから待っててね」と言われて、お皿を取り上げられた。
自分の部屋で待っててと言われたので、大人しく部屋に入って、今日もらったチョコを並べてみる。小六の女子が作ったものの方が莉里のよりはるかに出来栄えが良かったけれど、莉里のチョコが一番、可愛く思えた。
「イチゴジャムって…」と思わず呟いてしまう。
そうすると、インターフォンが鳴って、ドアをノックして莉里から呼び出しされる。
「りっちゃん、女の子来てるー」
玄関に出ると、クラスの女の子、三人が立っていた。チョコレートを渡しに来てくれたみたいだけど、三人ともがなぜかもじもじしている。どうしていいのか黙っていると、莉里も出てきた。
「どうぞ、家に入って」となぜか招待した。
女の子たちも断らずに入ってくる。莉里を見ても、なんだか楽しそうにしていて、リビングに座ってもらうように言われた。
「紅茶でいいかな?」と莉里が聞くと、女の子たちは緊張しつつも頷いた。
紅茶を入れて、テーブルに並べる。女の子たちがチョコレートを持ってきているのを察して、莉里が「どんなの作ったの?」と声をかけるから、安心したようにそれぞれがテーブルに出した。
手作りのクッキーにチョコレートがかかっているものや、生のイチゴにチョコレートコーティングしているもの、ブラウニーを作っている人もいた。明らかに莉里より出来がいい。
「え? すごい。今の子って、みんなすごい」」
(今の子って)と心の中で突っ込んでみたが、意外と女の子たちは楽しそうに莉里に作り方を話したりしていた。
莉里も楽しそうにしていたけれど、絶対、莉里のチョコレートが可愛いと思ってしまう。
なんだかよく分からないお茶会が終わって、女の子が帰っていくと、カップを片付けながら
「みんなすごいわねぇ」とため息を吐く。
「莉里ちゃん…」
「何?」と淋しそうな顔で言う。
「お節介だよ」
驚いた顔を見て、本当はそんなこと言いたかったわけじゃないのに、と思ってしまう。
「あ、ごめんなさい。だって、外で立ってたから」
「別に、チョコレートなんか欲しくないし」
言いたいことがちゃんと言えなくて、もどかしい。
「え?」
そんな顔、させたいわけじゃないのに。
「ごめんね」
泣きそうな顔に耐えかねてしまう。
「莉里ちゃんの…だけで…充分」
途端に顔を明るくして、抱きしめられる。
「うわーん。りっちゃんって天使」
(全然、天使なんかじゃない。だって…それ、複雑な気持ちになるから)
莉里との身長差のせいでちょうど微妙な位置に顔がうずめられる。柔らかくて、温かくて、ほのかに甘い匂いがする。
「練習するから。ピアノ。もう取り次がないで」と言うと、慌てて腕から抜け出た。
夜にラッピングされた莉里の不細工なチョコレートを眺める。なんだか心が温かくて、幸せな気持ちになった。ちなみに莉里の父親はどこかで買ってきたらしいものを渡されていた。だから余計、幸せだった。
メッセージカードに
「いつもありがとう」と身に覚えのない言葉だけ、書かれていた。
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