第93話

閑話休題 2



 梶南実は妹のように可愛がっていた十子がいなくなって、寂しくなった。しっかり引き継ぎをしてくれていたせいで、仕事が滞ることはなかったが、派遣の美人な人に仕事をかなりお願いしてくれていたようだった。


「梶先輩のは贔屓しても優先でって言われました」と言う。


「普通で大丈夫よ」と梶南実が言うと「契約社員に推薦してくれた…恩があるから」と言った。


「そう…なの」


 振り返るとあの子は他人のことばかり優先していたような気がする、と梶南実はため息を吐いた。中崎は仕事はきちんとしているが、笑顔が全く見られなくなって、心配だ。


「中崎、ランチに行こう」と梶南実から誘った。


「…今日は仕事が詰まってます」と断られた。


「詰まってるの?」


「明日、出張に行こうかと」


「あ、そうなんだ」と私は軽く息を吐いた。


「…十…小森さん元気ですか?」と聞かれたから、梶南実は携帯の写真アプリを開く。


「最初は海の幸やら、たくさん写真送ってくれたけど…。今は忙しいのか…連絡ないわ」と言って、写真を数枚見せる。


 歓迎会をしてもらったのか、明るい笑顔で写っている。


「…会いたいわね」と梶南実は心から思った。


 いつも近くにいて、なんだかんだと心の支えになっていたからだ。


「明日、出張先で会ってきます」と中崎が言うので、梶南実は驚いた。


「あ、そうなの?」


「だから今日、一日、働いて」と言うのがランチを断った理由らしい。


「じゃあ、二日分、仕事して行きなさい」


「二日分?」


「向こう側は明日から雪になるみたいよ」と梶南実は教えた。


 いつも朝の天気予報で、十子の地域のことを思っていたからだ。向こうは、もう寒くなるのか、と思いながら見ていた。


「できなかったら…私がフォローできるようにしておいて。雪で帰れなくなるかもしれないから」と梶南実は言って、社食に上がった。


 一人で窓際でランチを取っていると、吉永が後から来て、隣に座った。


「中崎、明日から小森ちゃんのところに出張に行くんだって」


「さっき聞いたの。本当は小言を言おうかと思って、ランチを誘ったんだけど」


「ご飯食べながら小言はいくら梶先輩でも勘弁してほしいっすね」と明るく言う。


「どうした風の吹き回しかしら?」


「この間、変なおじさんに会って」


「変なおじさん?」


 居酒屋でたところで言い合いしていたら、突然現れたおじさんだと説明した。


「それで不思議なこと言って、よく考えたら痴漢野郎じゃないかと振り返ったら…もういなくて」


「え? 女子トイレに痴漢?」と梶南実は不思議に思った。


「だって、小森ちゃんがトイレで吐いてるの知ってるし…。あと変なこと言ってたなぁ。小森ちゃんが子供をたくさん産むとか…。それで慌てて…出張したのかもしれないけど」


「十子が子供? 誰の?」と思わず身を乗り出して吉永に聞く。


「いや、なんていうか、おっさんの戯言で。でもそれで駆けつけるみたいですけど」


「戯言って? まぁ…何にしろ…やる気が出たのはいいことだけど。あのプロジェクト、中崎が進めないから…。クリスマスにポップアップするって言ってたのに、この調子じゃ、バレンタインになっちゃうじゃない?」


「あぁ、缶詰の? でもいいんじゃないですか? チョコ苦手な人にはいいと思いいますけど」


「クリスマスディナーの前菜に使ってもらおうとか言ってたのに」


「クリスマスに缶詰は流石に…」と吉永は笑った。


「そうかな?」


「でもほら、バレンタインデーだったらいいじゃないですか。なんかちょっと面白いし」


「吉永、バレンタインにチョコより缶詰がいい?」


「僕は…梶先輩がくれるならなんでもいいですけどね」と笑う。


 なんだろう。どうしてか、最近、吉永と話すのが気楽で楽しく感じてしまう、と梶南実は思った。

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