第74話

ハート


 私はすっかり中崎さんの部屋に慣れて、トラちゃんと一緒にゴロゴロしたり、中崎さんと一緒に料理したり、のんびり過ごせた。


「十子ちゃん。日曜日、どこか行く?」


「えー? いいんですか? デートとかですか?」と私は思い切り食いついた。


「そう。いきたいところ、行こう。十子ちゃんは月曜から出向先行くの? 僕は火曜日に行くから…待っててね」


「はい。楽しみに待ってます。ハート」と私は手でハート型を作った。


 中崎さんが固まった。私はちょっと恥ずかしくなって、手をゆっくり下ろす。やはり十代のノリは流石にダメだったかもしれない、と思って俯く。


「十子ちゃん」と呼ばれて見ると、中崎さんも手でハートを作っていた。


 恥ずかしそうなのが可愛くて、思わずその手のハートを手で包んでしまった。


「ください。これ」と言って、私の胸に引き寄せた。


 何だか本当に心が温かくなる気がした。その手にキスをして


「透馬さん。デート楽しみです」と私は言った。


「月まで行こうか」


 そう言って、微笑むイケメンの顔を私は一生消えないように眺めた。



 デート先はプラネタリウムだった。大きな科学館で昔行ったことがあるけれど、久しぶりに来たので、楽しかった。プラネタリウムはちょっと怖い。広い宇宙を感じると自分の存在が小さく感じる。そして悩みも何もかも小さく見える。

 お化けとは違う怖さがある。ゾクゾクしながら私は見ていた。


 冬の星座の説明になると怖さが薄れたのか私は眠気が襲ってくる。うとうとしていうるうちに終わってしまった。


「十子ちゃん」とそっと揺すられる。


「あ、おはようございます」と失言したので、寝ていたことが伝わった。


 微かに笑われた。


「月まで…月越えましたけど、連れてきてくださってありがとうございます」とお礼をした。


「うん。また行こうね」


「え?」と私が言うと、本当に遠くを見るような顔をしていた。


 プラネタリウムから出る時「星や、古代文明に小さい頃から興味があって…」と教えてくれた。


 私は科学館に来ている子供たちを見た。その中に中崎さんのような子供もいるかもしれない。みんなおもちゃを触るようにいろんな装置を触っている。私も子供ができたら連れてきたいな、と思って眺めていた。


「十子ちゃん?」


「あ、中崎さんも体験しますか?」


「そうだね」と笑いながら、電気を作る装置を頑張って回す。


 私もチャレンジしてみたけど、息が切れる。電灯を明るくするだけで、こんなに運動量が必要なんて…と私はため息をついた。そして私がハンドルから手を離すと、小学生の男の子が顔を赤くして回し始める。私が見ているのが分かるのか、一生懸命回す。


(頑張れー)と心の中で応援する。


 でも小学生の体力はすぐに限界がきたのか「くそお」と言いながら、ハンドルを離した。その悔しがり方も可愛くて微笑ましい。


「可愛いですねぇ」と私は中崎さんの方を向いた。


「うん」


 なんとも言えない微妙な顔をしている。もしかしたら、中崎さんにとって、家族を連想するものは複雑にさせてしまうのかもしれない。家族づれが多い科学館を私は出ようと言った。


「え? どうして?」


「あ…それは…飽きたからです」


「さっきまで楽しそうだったのに?」と中崎さんに突っ込まれる。


 嘘はすぐにバレるので観念して聞いてみた。


「…中崎さんが…辛くないかなって…。家族いっぱいで」


「あぁ、なんだ。別にそれはないよ。僕は中崎家で大切に育ててもらったし、日曜日ごとにお出かけしてくれて…高学年になった頃に、月一にして欲しいって自分から言うくらいだったから。それこそディズニーランドも毎年行ったし…動物園やら、この科学館も…」


「ディズニーランド!」


 父が並ぶのが嫌いで滅多に連れていってもらえなかったディズニーランド。母に一度だけ連れていってもらったことがある。夢の国…。そして友達も恋人もいない私はそれ以来行ったことがなかった。


 私は中崎さんが羨ましくなる。普通に高校でデートしてキスもして…それ以上も…と思いながら見上げた。


「行きたいの?」


「はい。行きたいです。チューロとやらを二人で食べたいです」


「そっか。今日行けば良かったね」


「今日は、今日で素敵なのでいいです。でも…じゃあ、中崎さん、どうして寂しそうな顔をしてたんですか?」


「え? してた?」と自分の顔を手で触る。


 気のせいかな、と思って私は違う装置を見に行った。


 久しぶりに来た科学館は割と楽しめたし、体力を使ったのでくたくたになった。科学館についているカフェでお茶をする。足がちょっと痛い。でも私は周りのちびっ子たちの元気さに癒されたし、やっぱり結婚して、家族を作りたいな、と思った。


「子供たちも遊び感覚で科学に触れられるから、楽しいですね」と私が言うと、また微妙な顔をしている。


「あ、そうだね」


「あれ? やっぱり何だかつまらなさそうな顔してますよ」と言うと、中崎さんが顔を片手で覆う。


「どうかしましたか?」


「…うん。ちょっと…よそ見する十子ちゃんに嫉妬しただけ」


 片手を頬杖にして、私から顔を背けた。


「よそ見!」と言って、私の顔は緩んでしまう。


 緩んだ顔でじーっと中崎さんの顔を眺める。本当にイケメンだ。こんなイケメンが嫉妬してくれるなんて、きっと時空が歪んで異次元にいるのかもしれない。


「何?」


「よそ見せずにじっと見てるんです。ダメですか?」


 すると中崎さんに逆に見つめられて、耐えられなくなった私は両手で顔を隠す。睨めっこは絶対勝てない気がした。手で顔を隠したまま、私は初デートできたことのお礼を言う。


「顔見て言って」と手を外された。


 頑張って、顔を見ながら言う。


「ありがとうございます。夢が叶って、初デート…幸せです」


「僕も幸せだった」


 そう言って、片手でCを作る。それに私も合わせて、二人でハートを作って、自撮りする。恥ずかしくて、増量した笑顔がカメラロールに残った。

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