第73話

年月が変えるもの


 給湯室に行くと、すでに福井さんが置いたチョコレートがあった。私もその横にお菓子を置く。


「朝はバタバタしてて…ごめんね」と言うと、女の子がこっちを見た。


 何だか心配してくれているようだったが、私は「大丈夫」と答えた。


「もう…どうせ、ここから出るし…」と言うと、寂しそうな顔で笑う。


 この子もここにずっといるわけにはいかないんだけどなぁ…と思って、福井さんのところに行った。


「あ、小森さん、あなたもいじめられてたの? そんな気配見せてなかったから…」


「いじめられてません。意地悪勝手にされてるだけです」


「何それ? ところで用事って何?」


「あの…岡本さんのことをいじめてた人と結婚した人って、どなたですか?」


「どうすんのよ? そんなこと聞いて」とは言ったが、教えてくれた。


 営業の本田さんだった。営業の本田さん…と私は考える。あまり記憶にないが、きっと同じフロアにいるはずだ。ただ外回りが多いから、タイミングで会えるか会えないか分からない。


「どうしていじめてた人と結婚したんだろう」と私は気になって仕方がなかった。


 ちょうど外回りから帰ってきた吉永さんが「小森ちゃん、今日は大変だったなぁ。お疲れ」と言ってくる。


「あ、そうだ。本田さんってご存知ですか?」


「本田さん? 営業の?」


「はい」


「まぁ…。知ってるけど。何の用?」


「師匠…。これには深い訳があって、こんな通りすがりに語れません」


「じゃあ、久しぶりに飲みに行く?」


「今日はダメです」


「小森ちゃん…。恋してから綺麗になったな」


「え?」


「頑張れ」と言って、頭を軽く叩いて、去って行った。


 私はその姿を見送って、頭を軽く振る。綺麗になったと言われて、少しだけ切なくなったのはどうしてだろう。そして本田さんのことは梶先輩に聞こうと、メッセージを送る。すぐに返信が来た。


「営業成績が良くなく、部署移動の噂あり」と写真付きで送られてきた。


 忘年会の時の写真だ。大分年上で、髪の毛も薄くなっている。でも確かに男前だったかもしれない。


 村岡さんが怪我で休んでいる分の仕事が回ってきたのはラッキーだった。私はその中から本田さんの決済を探して入力する。隣の美人妻と手分けして入力していくが、本当に仕事が早い。梶先輩の仕事はこの人に頼んでもいいかもしれない、と私は思った。


「ちょっと確認したいことがあるので、席を外しますね」と美人妻に声をかけて、本田さんが戻ってきたタイミングで席を立つ。


 あまり喋ったことないけれど、今日は村岡さんがお休みで、私が決済を入力している、と言って、書類の確認をしてもらった。


「あ、はい。これでいいです」


「そうですか。あの…給湯室に持っていってほしいものがあるんですけど」


「給湯室?」


 私は箱入りチョコレートを渡した。コンビニで売っていた、有名シェフのコラボ商品だった。


「ちょっと私、忙しくて配れなくて…。給湯室に置いてたら、勝手に食べてくださいってことなんです。もちろん本田さんも食べてくださいね」


「給湯室に置いておいたらいいの?」


「はい。ごめんなさい。他の営業さんのも入力しないといけなくて」


「おー、それはごめんよー」と気のいい返事をしてくれる。


「ありがとうございます」と私はにっこり笑って見送った。


 そしてすぐに美人妻の隣に戻って、入力を二人で頑張った。


 その後、本田さんは私に「また給湯室におやつ持って行く時は声かけて」と言ってくれた。


「じゃあ、本田さんは特別に二個食べてくださいね。…実は来週、私、お休みで…。毎日、持って行ってもらえないですか?」と言って、私はチョコレートの箱をいくつか渡す。


「あ、そうなんだ。小森さんはおやつ係なの?」と笑いながら受け取ってくれる。


「はい。おやつって心のオアシスですよね。本田さんも毎日、おやつ取ってくださいね」


「ありがとー」と箱を嬉しそうに見ていた。


(本田さんには見えないか)と思いながら、私はちょっとだけ残念に思った。


 私が給湯室に行くと、俯いていた女の子が私の袖を引っ張った。


「あの人…本田さん?」


 年月と共に風貌が変わっているので驚いているようだった。


「そうなの。人間は年取っちゃうし」


 少し笑っている気がする。私は少し光出した彼女を見て「その調子」と思った。来週は私は来れないけど、本田さんにおやつを運んでもらうことになるから、と伝えると、驚いたような顔をして、髪の毛を少し手で撫で付けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る