第52話
妄想暴走
朝から出会い系アプリやらチャットアプリをして、本当に中崎さんの言ってた通りだと思った。すぐに会おうとしてくる人が多くて、怖くなる。
顔も後ろ姿の写真なのに可愛いと言われたりする。
「やっぱり…。いくら子供が欲しいって言っても…なんか怖いです」と私は震えた。
「じっくり探した方がいいと思うよ」
「…はい。軽率でした」と簡単に考えていたのに、うまくいかない、とため息を吐く。
「十子ちゃんの良さをわかってくれる人が、きっといると思うから」と慰めてくれた。
「待ってたら来ますか?」と思わず聞いてしまう。
来るって言ってくれると思ってたのに、なぜかじっと見られてしまった。
「中崎さん?」
「…そう思うよ」と言って、目を逸らされた。
中崎さんがランニングしてくると言うので、私は部屋でゆっくり待たせてもらうことにした。その間、私はあまりにも何も知らなさすぎるので、グーグル先生から恋愛について学ぶことにした。キスから、何から何まで。
本当は友達がいたら、相談したり、話を聞くことがあるんだろうけれど、ずっと友達がいない私はそういう情報が全く入ってこなかった。ずっとゲームをしていたので、全くそういう話がもやもやとキラキラな良い感じにフィルターがかけられていたのだ。だが実際のところを知らないままだと言う事実を思い知ることになる。そしてグーグル先生は「前戯」と言う言葉を教えてくれているが、それが実際的にはどのようなものかも分からなくても、検索をかけるとそれも教えてくれる。
ついついネットサーフィンをどんどんして、しっかり見てしまう。
「あぁ、こんなことをしましょうなんて軽く口に…」と思って、白目を剥きたくなった。
「っていうか、中崎さんとこんな…無理無理無理」と妄想を消そうと、クッションに何度も頭を打ち付ける。
いい加減、頭がくらくらしてきたので、ソファに頭を埋める。でも…いつか、そんなことを…、とクッションのせいで息苦しくなるので、体勢を変えた。
ソファの上で三角座りをしながら、携帯を持つと、また検索が止められない。ついそう言う動画を見ようか、と躊躇している時、電話が鳴るり、びくっと思わず、出てしまう。
「十子? すぐだね」と梶先輩の笑い声が聞こえる。
「あ、先輩。あの…」
「何?」
「あの…先輩、あの…私…」と何から話して良いのか分からない。
「どうしたの?」
「中崎さんに…」
「え? まさか襲われた?」と緊張した声が響いた。
「あ、いえ。襲ったのは私ですけど、断られました」
「は? 十子が襲ったの?」
「襲ったっていうか、しませんかって言ったんですけど」
「中崎が断ったってこと?」
「はい…。でも私、知らなかったんです。あんなこと、するなんて…。だから言ったことは取り消せないですけど…どうしたら良いですか? 今更…知らなかったんですって言って、許してもらえますか?」
「何? 何しようとしてたの? ってか落ち着いて」
「セックスのこと…何も知らなくて」
「あー」と梶先輩の呆れたような声がした。
「それで断られてから調べたんですけど、あの、あれは全部本当のことですか?」
「あれって、どれなの?」
「えっと…あの」と私は仕入れた情報を説明すると、ため息をついて「そう…ね。でもね、したくないことはしなくていいの」と言われた。
延々と梶先輩から落ち着くように諭されたけれど、私はさらに知りたくなってしまった。今まで空っぽだったスキルを埋めるように、焦ってしまう。
「梶先輩…どうしよう?」
「どうしようって…。どうしてそんなに焦ってるの?」
「焦ってる…って…焦ってます。それはもちろん…。みんなが知ってるのに、私だけ知らないことがあって、それで…」
「十子? 落ち着いて? ちょっと今からうちに来ていいから」
「はい。すぐ 行きます」と言って、私は電話を切ると、ベランダに出て、洗濯物を取り込んだ。
クマのパンツも畳んで、鞄に入れる。そして急いで着替えて、軽く化粧をして、中崎さんが帰ってくるのを待った。会社に行く服だったけど、シフォンのような素材のカットソーにベージュのフレアスカートだった。ニットのアウターを着て、私は梶先輩の家に向かう準備をしていると、中崎さんが帰ってきた。汗で前髪が少し額にくっついても、何してもイケメンだと見惚れてしまう。
「あれ? 着替えたの?」
「はい。あのちょっと…梶先輩のところにお話しに行きたくて。すぐ戻ってきます。お昼までに」
「え? 一緒に行こうか。シャワー浴びてくるから待ってて」
「あ、いえ。あの。私一人で行きますので。後から中崎さんには連絡します」
「え? どうして?」
「えっと…あの。中崎さんに聞かれたくない話だからです。お昼までには戻ります」と私は言って、頭を下げて、慌てて玄関に向かった。
「ちょっと」と私を追いかけてきて、玄関のドアを手で押さえながら「…気をつけて」と言った。
「はい? あ、じゃあ、また後で」と言って、もう一度お辞儀をすると、私は走って部屋から出た。
急いで、梶先輩のマンションまで行く。もうどうしたらいいのか分からなくて、急いで向かった。梶先輩の部屋番号を押して、中に入れてもらう。梶先輩はお香を焚いていたのか、部屋がいい匂いがする。
「はー、良い匂いです」と私は部屋の空気を吸った。
「あんまりにも慌ててたから…。ちょっと落ち着けるように…」と言って、ハーブティも入れてくれた。
「梶先輩…。優しい。私…クマのパンツまで見られたんです」
「え? どう言うこと? 襲った時に?」
「あ、違います。襲いましたが、何も起こらずに…ぎゅーっとされて『これで幸せだから』って断られたんです。パンツは洗濯を干す時に、うっかり見られてしまいました」
そんなことを言うと、梶先輩の綺麗な顔が固まった。
「はぁ…。十子らしいけど、中崎も変ね?」
「どうしてですか?」
「…そこまでして、拒否るなんてね?」
「そうですよね?」と私が言うと、額を突かれて「そうですよね、じゃない。十子は本当に暴走しすぎ」と梶先輩に怒られた。
「付き合ってもないのに、どうしてそう言うことをしようと思ったの」
「そ…それは…中崎さんの子供が欲しかったからです」
梶先輩の綺麗な顔から力が抜けたような感じで口が僅かに開く。
「でも…その方法が具体的に分かりませんでした。もちろん、学校で習ったことは知ってます。でも具体的にどうするかとか、分からないので…えっと知ろうとして…。それで検索しました」
「それが止まらなくなったのね」
「はい。そうです。でも本当にみんながそうなのか気になりだしました」
「それは…色々個人によって違う、で良いんじゃない? ただ十子がしたくないことはしたくないって相手にきっちり言ったらいいし、それを聞いてくれない人とはしなくていいと思う」
「…そうですか? でもそもそも始まらない相手はどうしたら良いんですか?」
「…本当に好きなの?」
「はい。好きになってしまいました。あんなに人気だから本当は…嫌でした。でも一緒にいたら…どんどん好きになって…。もうダメだと思います」
「十子」と言って、抱きしめてくれる。
「それで…先輩…。言ってた通り出向を受けようかと思って…」
「そこにつながるんだ…」
「はい」
「…十子は本当に…」と頭をよしよしされる。
「だって、そうでもしないと…気持ちが…。この気持ちが持って行き場がなくて」
「私が見たところ、中崎は十子のこと好きだと思うんだけど…」
「そうですか? クマのパンツ履いてても?」
「まぁ、それは…どうかな…。だから諦めるのは勿体無い気もするけど」
私が好き。中崎さんも好き。両思い…。
「梶先輩、流石にないです。中崎さんはちょっと寂しいから…可愛がってくれてるだけです」
「寂しい?」
「多分…ですけど」と中崎さんのプライベートだから言えなくて、口を噤む。
「そうね。確かに…最近は楽しそうだけど、以前はちょっと影のある感じがあったからね。十子と話してる時は楽しそうに見えたから…」
「可愛がってはくれてると思いますけど、私みたいな好き…じゃないと思います。でも中崎さんがちょっとでも元気になってくれたなら、良かったです」
「健気…」と梶先輩が言った時、インターフォンが鳴った。
「はーい」と返事するとモニターを見た梶先輩が「中崎だけど?」と私を見た。
「待ってたけど…もうお昼過ぎてるし、暇だから差し入れ持ってきました」と言ってるので、梶先輩はオートロックを開けた。
時間は一時を回っていた。
中崎さんは高級稲荷寿司を手に梶先輩の家に訪問してきた。
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