第41話
完璧なディナーデート
透明なテリーヌにランプの光が反射しているのをぼんやり見ていた。
「かわいいから…心配だし、つい構ってしまって。でも十子ちゃんには本当に幸せになって欲しい」
何だろう。私はレベル低い初心者だからか、さっぱり心に響かない。
「好きな女の子とデートって…こんな感じですか?」
「え?」
「最後のレッスンしてください。中崎さんの好きな人とデートしてると思って」と私はにっこり笑った。
そもそも付き合えるとは思っていない。すごいイケメンとご飯を二人きりで食べる機会はそうそうないのだから、私はこの類稀なチャンスを幸せに過ごしたい。
呆然と私を見ている中崎さんに
「そろそろ食べていいですか?」と聞いた。
「あ、うん」
待ちくたびれたテリーヌがプルプルと震える。落とさないように気をつけて口まで運ぶと、コンソメ味のゼリーが溶けて、野菜の甘さが広がった。
「美味しい」と本当に美味しくて自然と微笑むことができた。
目の前のイケメンと口の中の美味しいテリーヌをしっかり味わおうと思う。
「十子ちゃん、ありがとう」
「えー? 奢りませんよ」と言ったら笑ってくれた。
幸せだった。おすすめのビーフシチューも美味しかったし、小さなシューが山積みで上からチョコレートかかってるデザートも夢みたいだった。
なんだかんだと言って、ご馳走してくれて、それは恐縮したけど、甘えさせてもらった。そしてお店を出ると
「ご馳走様でした」と頭を下げる。
完璧なディナーデートじゃなかろうか、と私は思った。
「十子ちゃん」と手を出される。
駅までのわずかな道だけど、私はその手を取って歩く。
手の温もりを感じながら、本当の恋人になったみたいな気分になる。私は綺麗な横顔を見上げて、微笑んだ。
コンビニに行った夜を思い出す。またあの時に戻らないかな、と少し思いながら駅まで歩いた。
「じゃあ、ここで」と私は手を離した。
手を振ろうとした時、突然抱きしめられる。
「十子ちゃん…。好きだ」
(嘘だ。完璧な嘘のディナーデートだ)と思った。
だから笑顔で
「はい」と言って、体を離した。
最高の笑顔ができたか分からない。私は手を振って「じゃあ、また」と言って、振り向かずに走った。
胸が苦しいのは走っているからじゃない。でもそうなればいいと思って、走って梶先輩の家まで行く。
「もう帰ってるよ」とメッセージが届いてた。
急いで梶先輩の部屋まで駆け上がる。梶先輩の部屋にいる男性が私に取り憑いたら、楽になれる。私はそう思った。ドアを開ける。
「十子、おかえり」
「ただいまです」と私は玄関先で梶先輩に抱きついた。
「十子?」
「梶先輩の子になる」
「え?」
すっと冷たい空気が体の中に入ってくる。そしてその反面、梶先輩から離れたくなくなる。
(あぁ、この人は相当強い思いを残してる)
「十子? どうしたの? 何があったの?」
「…何も…ないです。でも梶先輩…教えてください。あの写真の…」
「写真?」
「そう…ごほっ…写真の…ごほっ」と咳が止まらなくなる。
(喋らせないように邪魔してる)
「十子? とりあえず中に」と私を引きずるようにリビングまで運ぶ。
そしてヨギボーに沈められた。
「あ…」
「体調悪い?」と聞かれて、水を差し出される。
水を飲もうとして、さらに咳き込む。
「ちょっと…十子」と言って、体温計を慌てて持ってきて測ってくれる。
さっきまでは元気だったのに…と思ったけれど、体が重くて、そして寒くて震えが止まらない。
「え?」
体温計を見た梶先輩が驚いて「死んでる」と言った。私の体温は34.5度だった。
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