第9話
不公平
家に帰る電車の中で楽しみにしていた携帯ゲームのイベントに大きく遅れをとってしまったことに気がついた。あまりにもいろんなことが多すぎた。
(十二時間のビハインドを取り戻すには課金…いや、課金は私のルールにはない)と逡巡してイベントを開始する。
電車に揺られながらゲームのイベントを進めていると、梶先輩からメッセージが入っていた。
「吉永から聞いたけど、今週末に神社行くの?」
「はい。ご都合どうですか?」と返事を返しておく。
今はイベントを進めたいのだ、と思っているのにすぐに返信の通知が来た。ゲーム画面を閉じて、メッセージに切り替える。
「いいよ。何時にする?」
これは複数回ラリーが続くパターンだ。十子はため息をついて、「明日、お昼休憩に相談しませんか? おいしいお店を探しておきます」と言ってメッセージを送る。
「了解」と言ったスタンプが返ってきたので、十子も「よろしくお願いします」のスタンプを送った。
これで携帯ゲームに集中できる。集中しすぎて、乗り過ごしてしまった。
家に着くと、母が出てきた。
「あんた、なんか…」と声を詰まらせる。
「何か憑いてる?」
「憑いてないけど…。何かあったでしょう?」
「幽霊がよく見えるように…」
「やっぱり」と言って、母はため息をついた。
「そんな気がしたのよ」と言われて「どんな気?」と聞き返したが、無視された。
ご飯を用意してくれている母に全て話した。イケメン中崎さんの後ろのシスターズ、梶先輩の家にいる背の低い男性、赤いワンピースの子供、居酒屋の変態シースルー親父、ついでに給湯室の角に立っている人についても話した。
「…まぁ、大変ねぇ。それで神社に行くのね? その中で赤いワンピースの子供が一番、緊急案件かもね。後…梶先輩の部屋の人も気になるわ」
「そうなの。私も梶先輩のことが気になる…。でもプライベートなことだから…」と私が呟くと、母は頷いた。
「まず女の子のことだけど、きっと何もわからないと思うの。お母さんとどうして逸れたのか、お母さんは生きているのかも彼女は分かってない。下手すると自分の置かれた状況を理解してないの。死んだってことも把握できてないかもね。それに自分の家もきっと分からないままだと思う。帰る場所も分からない、知ってる人もいない。だから大勢の女性がいるから、お母さんがいるかもって、ついてきちゃったのかもね」
「私…目が合っちゃって」
「でも憑いてないわよ。あなたはお母さんとは違うってわかってるのかもね。まぁ、お守りの効果もあるのかもだけど」
「どうしたらいいかなぁ」
「そうねぇ。まぁ、本当は亡くなった場所から手がかりを掴んで、その子の母親を探し出すのがいいのかもしれないんだけど…。ついてきちゃったってことは…その子…もうその場所にも戻れないと思うわ。小さいから…純粋すぎて…。…うーん」と母は流しに手をついて、動かなくなった。
私の晩御飯を用意してくれている途中だったが、仕方なく私が途中からは温め直す。そして固まっている母をよそに一人で食べた。鰤の照り焼きと味噌汁と切り干し大根だった。
「ちょっと切り干し大根は温めなさいよ」と急に言われて驚く。
「その中崎さんっていう人に会えたらいいわねぇ。その後ろの人がもしかしたら、女の子がどこからついてきたのか分かっている人いるかもしれないし。あんた、中崎さんを呼び出せないの?」
「呼び出し…」
そういえば携帯の番号をもらっていた。しかしどう考えても「うちの母に会ってください」とは言えない。
「別に家に誘わなくてもいいじゃない。例えばファミレスに行って、私、後ろの席に座るだけでもいいんだから」
「それで何するつもりなの?」
「後ろの人に聞いてみるわよ」
「後ろの人って…お母さん…見えるの?」
「見ようとしないだけだけど…、あんたがそんな風になっちゃうんだから仕方ないわよね。取り急ぎ、連絡しなさい」
「あ…はい」と思わず言ってしまった。
鰤の照り焼きを食べながら、どうやって呼び出せばいいか悩んだが、そういえば、晩御飯を誘われていたことを思い出した。私が失恋して落ち込んでいると思って慰めようとしてくれたのだろう。あのイケメン菩薩は。仕方ないそういうことにして呼び出してみよう。それであの子のお母さんの手がかりが掴めるのなら…。でも掴めなかったら…、と思いつつ、私はメッセージをお風呂上りに送った。
「神社の連絡もあるのですが、早めにちょっとお話しも聞いて欲しくて」とちょっと前まで演じていたふわゆる女子みたいなことを書いて送った。
そしてゲームのログインを待っていると、すぐにメッセージが来た。
「ちょっと電話していい?」
後少しでログインが終わるというのに、と私は思ったが、ゆるふわ女子スタンプの「了解です」を送った。秒で電話がかかってきた。
「もしもし…」と電話から聞こえる声までイケメンだった。
神様って不公平。
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