第7話

赤いワンピースの女の子


 私は梶先輩と会社に出社した。近くなので、のんびりできるし、満員電車に乗らなくて良いのは本当に助かる。


「十子。二日酔いないの?」


「あ…ないです。(主に吐いてしまったし、)アイスクリームのおかげかな」と私はにっこり笑う。


「思ったよりお酒強いんだね」


「いやあ…それほどではないですけど…」と私は冷や汗を掻く。


 会社でまたふわふわ女子を目指そうかと思ったが、梶先輩の家にはヘアアイロンというものがなかった。梶先輩はサラサラストレートのショートカットだからだ。私の癖毛とは違う。私は癖毛をポニーテールにして、なんとか誤魔化した。


「おはようございます。小森さん、今日ちょっと雰囲気違うね」と中崎さんに声をかけられた。


「あぁあ…おはようございます」


 本日も満員御礼の札がかかりそうな具合で人やこの世のものでないものが背後にいる。


「おはよー」と梶先輩が軽く肩を叩いて、立ち去ろうとするから、私も後ろの軍団にうっとり見惚れずに梶先輩についていく事にする。


「あ、ちょっと」と言って、中崎さんの長い手が私を掴んだ。


「はぁぁ」とため息をついて振り返る。


 周りの女性たちがこっちを見ている。べったりくっついている総務課の村岡さんがこっちを睨んだ。


「何でしょうか?」と言って、手を振り解く。


「あのさ…ランチ行かない?」


「い…き…」と言った瞬間、村岡さんが「私も行きたい」と話を割った。


「あ…、今日は小森さんと二人で行きたいから」と中崎さんが断っている。


「あ、いえ。あの私は…あれです。あの…今日はランチを食べない…ので、じゃ」と言って、急いで逃げ出した。


(もう、怖い怖い。後ろの人も怖いけど、何より生きてる人間が一番怖い)


 でも気になることが一つあった。昨日のシスターズに新入りがいたのだけれど、それは小さな赤い服を着た女の子だった。その子は中崎さんを好きだという自覚はなく、なんとなくみんなについてきたと言った感じだった。


(気にしたら、負けだ。気にしないし、見えない。見えない)と私は心の中で繰り返して、午前中の仕事をこなした。


 昼過ぎになり、まだ仕事が残っていたので、ランチを食べないと言った手前、仕事を続ける。鬼のように仕事をしているときっと、空腹のことは忘れられる。心頭滅却すれば空腹もまた耐えられる、と呟きながら…


(やばい。手が震えてきた。低血糖だ)とデスクを漁る。


 飴かチョコか、お土産の干からびた饅頭か、何か…と手で机の中を弄っても何も出てこなかった。


(はぁ、一つくらい。何かあるでしょう。ガムでもいい)とデスクに頭をもたせかける。


 入り口にあの女の子が見えた。


「あ」


 ひょこっと顔を覗かせて、そしてきょろきょろしている。大勢の軍団から逸れてしまったのだろうか、と私はぼんやり見ていた。


 そう、見ていた。

 見ていた=目が合ってしまった。


「あ」と嬉しそうに女の子が駆け寄ってくる。


「あ…」


(いや、やばいやばいやばい)


 鞄の塩を取り出そうと思ったが、震えがきて動けない。


 そして私の前に来た女の子が「お母さん?」と言った。


「ちが…」


「どこ? お母さん」


(やばい、やばい。連れて帰ってしま…)


「小森さん」と声をかけられた。


 ハンバーガーセットが目の前に置かれた。


「え?」と振り返ると、中崎さんがテイクアウトをしてくれていた。


「僕も仕事溜まってたから、外で食べる時間なかったんです」


「あ…すみません」と袋を見て、いちごシェイクがあるのを見て、それを取り出す。


 とりあえず糖分補給と言って、急いでストローを差しこむ。


「でも小森さん、なんか虚な目をして、独り言いうからやばいなぁ…って思いましたよ」


「あ」と私は小さな女の子を探した。


 もうどこにもいなかった。


(やばい、憑かれたかも…)


「中崎さん…」


(見えないよねぇ。っていうか、それ以上背負い込むのは流石に…)


「はい?」


(でもこれだけの人に好かれるって…ある意味、すごい人なのかもしれない)


「すごく良い人ですよね」


(私にまで買ってきてくれて)


「ランチ代、もらいましょうか?」と真面目に言われて、慌てて鞄から財布を取り出そうとするが、手に力が入らず、鞄を落としてしまう。


 鞄を拾ってくれて、「大丈夫?」と心配までされた。


「ちょっと、お待ちください」と言って、私は一気にいちごシェイクを飲んだ。


(甘い、甘い、甘い、糖分、糖分、糖分)


「はぁぁ。すみません。おいくらでした?」


「冗談ですよ」


(ほら、この人はやっぱり菩薩様なんだわ)


 私は思わず手を合わせて拝んでしまった。


「なんですか、それ」と中崎さんに言われる。


「感謝です」


 菩薩様に噴き出されてしまった。私も曖昧に笑いながら、あの女の子を探した。


「…いな…」


「え?」


「あ、いえ。良いなぁって言っただけです」


「何が?」


「ええと。中崎さんのお顔です」と適当に言った言葉で、顔を赤くされてしまった。


 まぁ、適当には言ったけれど、その場で良いなぁと思えるものが中崎さんのお顔しかなかったので、嘘ではなかった。それにシスターズたちが頷いてくれた。でもこの人たちもいつまでもいていい訳ではないんだけどね。

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