第58話
ミツキは物覚えがいいので、完璧に仕事をこなすようになっていた。ミツキ効果があってか、女性客が大幅に増えた。奏も負けじと積極的に接客を行った。佐々等はあれから毎日のように訪れ、奏に構ってもらおうと話し掛ける。たまに塚原と一緒の時はひいひい言いながら勉強をしていた。
皐は三日に一回の頻度で喫茶店を訪れ、奏の奮闘ぶりを見たり佐々等と話したり、サクヤの実験を覗き込んでいた。サクヤは当たり前のように端の席を占領し、実験を続けていた。たまに来る皐に頬を赤く染める姿は明らかに恋する少年だったのだが、奏には全く伝わらなかった。
そして今日。バイト最終日の日がやってきた。
「えー! 店員さん、今日で最後なんですかぁ!?」
「楽しみがなくなっちゃうー!」
喫茶店で女子の悲痛な叫びが響く。
「すみません。最近私生活が忙しくて……また時間が出来たら働かせてもらおうと思っているので、その時はまたお願いしますね」
ミツキは丁寧に述べると、営業スマイルを顔に張り付けた。その営業スマイルに、女子達はうっとりと見とれていた。テーブルを布巾で拭きながら、奏はミツキに冷めた視線を送った。
気付けばあっという間に最終日になっていた。佐々等や皐がちょくちょく遊びに来るから時間が経つのが早く感じた。
「カナデ、これ片付けてよ」
「………はい」
端の席からお呼びがかかり、奏は食べ終わった皿を片付けてやる。
「ありがと」
サクヤは視線もくれずに軽く礼を言った。サクヤの実験は佳境に入っているようで、いつもより真剣だ。真ん中に穴の空いた水色の玉を糸に通している姿は、実験をしているようには見えないが、本人はこれも実験だと言い張っている。サクヤの実験を見るのもこれが最後なのか。そう思って眺めていると、サクヤがチラリと鬱陶しげに奏を見上げた。
「何?」
「いや、こうしてバイト中にサクヤの実験見るの最後だなって思って」
「……そうだね」
特に寂しそうな素振りも見せず黙々と実験を続けるサクヤ。まぁそれが彼らしいが。話が途切れ、そろそろ仕事に戻ろうとした時、ふとある疑問を抱いた。
「サクヤは学校とか通っているの?」
ミツキも通学しているくらいだからサクヤも学校に行っているのだろうか。そう思い尋ねると、サクヤは鼻で笑った。
「まさか。吸血鬼のオレが人間と一緒に学ぶわけがないじゃないか」
「何で? 暗野も行っているのに」
「ミツキは目的があるから学校に行っているだけだ。オレにはそれがない」
「暗野の目的って?」
「さぁ……ミツキに聞いたら?」
ミツキの目的が気になったが、上手くはぐらかされてしまう。まさか目的が自分自身だと思いもしない奏は怪訝そうに首を捻った。
「……実験とかもするけど」
サクヤといったら実験。これしかないと思い言ってみたが、実験君と呼ばれる彼は興味無さそうに青い玉を親指でピンと弾いた。
「それは興味深いけれど、オレは人がうじゃうじゃいる所が嫌いなんだ」
確かに、団体行動が苦手そうなサクヤが学校生活を楽しめ無さそうだ、と思う。化学にしか興味無さそうだし、他の教科を全く勉強せずに留年も有り得そうだ。奏がそんな想像をしていると、お客と話を終えたミツキがこちらに寄ってきた。
「サクヤも一緒のガッコーに来ればいいじゃないか」
「嫌だよ。今言ったじゃん……人がいっぱいいるのが苦手なんだって」
奏とミツキがいる為、実験が上手く進まないサクヤは若干苛々しながら言う。しかし、「花村も通っているけど?」というミツキの魔法の一言で、サクヤの頬は一気に蒸気した。
「あっ……あの子は関係ないだろ…!」
分かりやすいくらいサクヤの態度が豹変する。そんな友人を見て、ミツキはくつくつと笑った。
「何で皐が」
「考えておくから! もうこの話は終わりっ!」
奏が問う前に、サクヤが話を強制終了させた。何故皐の話になるとこうなるのだろうか。サクヤの不審な行動に奏は不満げに口を曲げる。本人に聞いてもこんな状態で、ミツキも「さぁな…」と含み笑いを見せるだけ。何で教えてくれないのだろう、と奏は一人でモヤモヤとしていた。
そして少しの時間が流れた頃。いつも横に結っている髪を降ろした皐がいつもの笑顔を浮かべて現れた。
「今日で最後なんだよね…奏の可愛いバイト服が見られなくなるなんて……寂しいな」
「もう…! あんまりからかわないでよ!」
「あはは、今日も可愛いよ奏!」
皐は柔らかく微笑んで奏の頬をつついた。
「また来たのか、花村」
皐を二人席に案内した後に、サクヤと話していたミツキがひょっこりと現れた。
「うん、奏と話したい事があったからね」
「話したい事? ……何だ?」
ミツキが聞くと、皐は嬉しそうにかごバッグから四折りにされたチラシを取り出した。色鮮やかな花火の写真の上に大きく文字がプリントされている。その文字をみた瞬間、奏は顔をひきつらせた。
「皐、それはまた後で話そ――」
「夏祭りの事だよ!」
それは後で話そう、と奏が言う前に、皐が明るく言う方が少しだけ早かった。ピンと来ていないミツキが怪訝そうにチラシを見つめる。
「あ! 暗野君は引っ越してきたばかりだから知らないよね。この町ではね、夏の終わりにお祭りがあるの。小さいお祭りだけど、出店もあるし花火もあるんだよ!」
「へぇ……それ、お前ら行くのか?」
「…まぁね、行くよ。……二人で」
二人、をかなり強調する奏。奏の思惑に気付いたミツキは苦笑した。しかし、皐の次の言葉で奏の思惑は簡単に打ち崩される事になる。
「暗野君も一緒に行く?」
「さ、皐! 何言っているの! 二人で行こうって約束したじゃない!」
答えたのはミツキではなく奏。まさかそんな事を言い出すと思わなかった為、動揺が顔に出てしまっている。一方の皐はのほほんと笑っていた。
「でも人が多い方が楽しくない?」
「でもっ…!」
「祭りか……行った事ないから行ってみたいな」
ミツキの言葉に、奏はビシリと固まった。
「そうなの? じゃあ行った方がいいよ! 小さいお祭りだけど、本当に楽しいんだから!」
「へぇ、じゃあ行こうかな」
「!!」
「わぁ、本当に? 良かったね奏!」
嬉々としている皐を見て、奏は目眩を感じた。奏は皐と二人で行けるのを楽しみにしていた。それなのに、ミツキが一緒に行くというのはどういう事か。絶対に邪魔だ、と思いどうにかして断らせようと奏が思った時、ミツキは何かを思い付いたようで、ニヤリと口元を吊り上げた。
「人が多い方が楽しいんだよな?」
「? うん、そうだけど…?」
「じゃあさ」
ミツキは首を動かして、端の席に目をやる。席に座る小柄な少年は話を聞いていたのか、こちらを凝視していたが、ミツキの視線に気付くと慌てて目を逸らした。ミツキはそんな友人に近付くと、彼の肩をポンと叩いて言った。
「サクヤも一緒に行っていいか?」
「えっ…!」
それを聞いたサクヤは勢いよくミツキを見た。
「あ、サクヤ君も来てくれるの?」
「えっと……」
「あれ、でもサクヤって人混み嫌いなんだよね?」
先程言っていた事を思い出し、奏がそう言った。それを聞いた皐が「あ…じゃあ行けないかな?」と残念そうに肩を落とすと、サクヤが焦ったように立ち上がった。
「そ、そんな事ない! 行けるよ!」
「そう? ならよかった」
皐が嬉しそうに微笑むと、サクヤは照れた顔を隠そうと俯いた。そんなサクヤの姿を見て、ミツキは本当に楽しそうだった。
「楽しそうになりそうだね、奏!」
「……」
ふわふわ笑う皐に、ミツキ達と行くなんて嫌だなんて言えない。奏は不服そうな顔をしただけで、何も言えなかった。
「よかったな、サクヤ」
皐達に聞こえないように耳元で囁くと、サクヤは顔を赤くした。
「……本当に余計な事をしてくれるね」
「嫌だったか?」
「……嫌じゃ、ないけど」
「……ハハッ!」
ごにょごにょと言うサクヤを見て、ミツキは耐えきれずに吹き出してしまう。サクヤは顔を更に赤くしながらミツキを睨んだ。
「……ミツキ、どうやらお前はオレの実験台になりたいらしいな…?」
「ハハ……悪い悪い」
言いながらも、ミツキは笑いを堪える事が出来ない。サクヤはム、と眉を吊り上げながらも手に持っていた物をミツキに向けて投げ付けた。ミツキはそれを黒い手袋をはめた手で受け取った。手を開いて、サクヤから受け取った物を見る。透明な小袋に入った、薄い青色に輝く物。
「完成したよ。オレにしては手こずったけど……」
「……ありがとう」
「分かるとは思うけど、素手で触っちゃ駄目だよ」
「ああ」
「……正直こんなの作ったのは初めてだから、ちゃんと効力を発揮するかは保証出来ない。気休め程度と考えて。カナデを守るのはお前だ。それだけは肝に命じろ」
サクヤの真剣な瞳。ミツキは口を結ぶと、迷いなく頷いた。
「ああ……勿論」
*****
「奏ちゃん、お疲れ様!」
午後九時半。喫茶店の軽い掃除をして、奏達のバイトが終わった。奏とミツキは綺麗に畳んだ制服を崎本に返して礼を言った。
「また何かあったら言ってください。私で良かったらいつでも手伝います」
「ありがとうね、奏ちゃん! 涼子ちゃんが帰って来たらうちに寄るように言ってよ! サービスするから…ってさ!」
「分かりました」
「また来ますね」
「うん! ミツキちゃんもまた客寄せしに来てね!」
ひらひら手を振る崎本にお辞儀をすると、二人は喫茶店を後にした。
夜空には細かな星と、黄金色に輝く月が浮かんでいた。
「あー…やっぱりコンタクトは慣れないな」
ミツキはそう言いながら瞳を袖で擦った。夜になると瞳が赤くなってしまうので、ミツキは黒のカラーコンタクトレンズを付けていた。
「そこまでバイトしたかったわけ?」
「まあな。バイトってやった事無かったし」
「ふぅん…」
奏は口を尖らせながら石ころを蹴った。もう辺りはひっそりと静まっていて、家々の灯りによって照らされた道を二人で歩く。カンナの事があってから夜道を歩くのが気が引けていたのだが、ミツキがいるので安心している自分がいる。
奏は隣のミツキの顔を盗み見る。男に無頓着な奏でも綺麗な顔だと思わせる容姿。喫茶店でも女の視線を独り占めしてしまっていた。そんな男が、何故自分の側にいるのだろう。
『後悔させてやるよ……俺を二度も殴った事……』
始めは自分を不幸にする為に近付いて来たのかと思った。だが、ミツキは不幸にするどころか奏を何度も助けた。球技大会の時も、カンナの時も。何故、嫌いな女を助けてくれるのだろう。そう思いながら凝視していると、視線に気付いたミツキとばっちり目が合った。
奏は慌てて目を逸らす。ミツキは不思議そうに奏を見つめたが、フと優しく目を細めると視線を空に浮かぶ月に移した。
「月、綺麗だな」
太陽よりも明るくないのに、月は優しく、神秘的に輝いていた。
「うん…」
奏も月を見上げる。月の儚さに、奏は胸を焦がす。
『カナ…月って綺麗だよな』
遠い昔、月を見ながら笑う彼はとても優しい顔をしていた。奏はその顔を見るのが大好きだった。あの子の名前は――
「レイ、か?」
「え……?」
突然ミツキに言われ、奏は呆けた顔で顔を見上げる。ミツキは無表情だが、何処か切なさを帯びていた。
「今、レイの事を考えていただろ…?」
「レイ…?」
「お前の昔の友達…だろ?球技大会でうわ言のように呟いていたぞ…レイ君って…」
「そう……なの?」
「……覚えていなかったのか?」
球技大会で倒れた時、ミツキに介抱されていたのは覚えていたのだが、何を話したかは覚えていなかった。――その子の名前を言ったのも。
「レイ君…か」
記憶がまだ曖昧なので釈然としないが、きっとあの子の名前はレイなのだろう。名前をやっと思い出せた。嬉しさからか、奏の頬が緩む。ミツキはそんな奏を黙って見つめていたが、耐えきれなくなり、「そういえば今日佐々等来なかったよな」と普段なら絶対に出さない佐々等の話題を切り出した。
「……そういえば」
奏が働いていたと知ってから毎日来ていたのに、最終日の今日に限って来なかった。
「あいつには遊ぶ女がたくさんいるから不思議な事じゃないんじゃない?」
「……まあな」
話題を変えたかっただけなので、ミツキは特に突っ込まずにその話を終わらせた。
「そうだ、これ…」
ふと思いだし、ポケットから小袋を取り出す。自分が頼んでサクヤから貰った物。ミツキはそれを奏に渡した。
「これ……?」
「サクヤの作品。……最近変な事していただろう? これを作っていたんだ」
そういえば、いつもと違う実験をしていたと思った。小袋に入っていたのは薄い青色の球が連なったブレスレットだった。月の光に照らされて淡く輝いているようにも見える。思わず「綺麗」と言って見惚れていると、「それやるよ」とミツキが言った。
「え、いいの…?」
「ああ、それは普通のブレスレットじゃなくてな。お守り代わりになるんだ。俺には必要ないから……お前にやる」
「…ありがとう」
奏は素直に受け取ると、小袋から取り出して早速付けてみる。ブレスレットは奏の手首にピッタリだった。
「それ…なるべく付けていて欲しいんだ」
「え…?」
やけに真剣な声色だったので、奏は思わずミツキの顔を見返す。声色通り、ミツキの表情は真剣だった。
「俺がいない時でもお前を守ってくれるから。……少しくらい奏の力になるから…」
「……暗野?」
ミツキがあまりにも真剣だったので、奏は聞き返す事が出来ずに目を見つめる事しか出来ない。その瞳は、人工的な黒色だったが、奏には何故か鮮やかな赤に見えた。二人は時を忘れてしまったかのようにしばらく見つめあう。
どれくらい時間が経ったのだろう。突然ミツキがいつもの意地悪い笑みを見せると、奏の額にデコピンをした。
「俺の言うことは絶対に聞けよな…? 奏」
「……はぁっ!?」
奏の怒りが落ちる前にミツキは逃げる。
「ちょっと待ちなさいよ!」
奏は憤慨しながらミツキの後を追い掛けた。
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