第57話

*****



「なぁ、サクヤ……俺が頼んだものはどうだ?」


女子高生達から何とか逃れたミツキはサクヤの元を訪れた。サクヤは粘土もどきを千切ってそれで小さな玉を数個作っている最中だった。


「ん……効力はもう入っている。あとはこれを形にしていくだけ…」


言いながら、サクヤはバッグから束になった糸を取り出した。裁縫などで使う物ではなく、どちらかというとビーズアクセサリーに使うような糸だ。ミツキはそれを見て顔を緩めた。


「急に悪かったな。こんな事頼んで」

「いいよ。実験はオレの趣味だし。……それにデザート奢ってくれたし」


サクヤの目がテーブルに乗ったショートケーキを捉える。ミツキは苦笑した。


「デザートおごってくれたおまけで、これもあげるよ」


そう言ってサクヤは胸ポケットから小さな小瓶を取り出す。それは見覚えのある薄い青色の粉が入っていた。吸血鬼の苦手な聖水の効力がある粉だ。


「カンナを足止めくらいは出来たんでしょ? ……なら少しくらいは役に立つよ」

「ああ…ありがとう…」


ミツキは小瓶を受けとると、ベストのポケットにしまった。その様子を見届けてから、サクヤは大きな瞳でミツキを見上げる。


「ミナトにも足止め程度で通用すると思うよ。カンナが来たんだ。ミナトが来てもおかしくない。だから準備くらいはしておいた方がいいよ」

「……ああ」


ミツキは苦い顔で小瓶の入ったベストの部分を強く握った。

父の血に濡れながら笑顔で名を呼ぶミナトを思い出すと、今でも背筋が凍る。暗い部屋、赤く染まる冷たい床。そして倒れているのは――


『ミツキ。お前は、絶対に……』


ミツキの記憶の中のミナトの薄い唇がゆっくりと動く。それ以上思い出したくなくて、ミツキは目を強く瞑った。ミツキの断片的な記憶の中で深く刻み込まれた昔の記憶。それはミツキを掴んで放さない。


「……ミツキ?」

「あ……悪い、ぼうっとしていた」


ミツキは取り繕った笑顔を見せたが、ぼんやりしていた原因がミナトだという事に、鋭いサクヤが気付かないはずがなかった。サクヤはミツキの腹を軽く叩いた。


「何かあったらオレに言いなよ。…協力するから」

「…ありがとう」


奏はサクヤを自分勝手と思っているが、実際は違う。観察力が鋭く、どうすれば最善の道が開けるかとすぐに判断する。ミツキは小さな友人に優しく微笑んだ。


「オレ達は“似た者同士”だから……困った時はお互い様だよ」

「……そうだな」


“似た者同士”という言葉に、ミツキは微笑んだままだったが、若干顔を強張らせた。そんな会話をしていると――


「えぇー! いいじゃんかよ! 俺も原田奏とさっちゃんと夏祭りに行きたい!」


ふと背後から大声が聞こえ、降り返ると佐々等が奏の隣に座って騒いでいる所だった。


「佐々等っていうんだね、あの馬鹿」


ミツキの視線に気付き、サクヤも佐々等に目をやる。


「ああ…ガッコー一番の馬鹿だ」

「そうだろうね。……それとカナデが好きみたいだね」

「……みたいだな」


佐々等の分かりやすい行動に気付いていないのは奏くらいなのだろう。佐々等は奏に冷たく突き放されている為涙目になっているが、 何処かいきいきとしていた。


「あれだけアピールしているのに気付かないなんて……鈍感にも程があるよ……ねぇ、ミツキ?」

「……何で俺に言うんだよ」


手で粘土もどきの玉を手中でコロコロと回すサクヤを、ミツキは不機嫌そうに見下ろす。サクヤは子供のような笑顔をわざとらしく作った。


「お前も苦労するね。惚れた相手があんな鈍感女なんだから」

「……」

「何で気付いたのかって? ……お前だって分かりやすいんだよ、ミツキ。お前は人間と接するのを避け続けていた。……なのに、突然カナデの家に押し掛けて一緒に住んでいる。お前とカナデの間に何があったかは知らないけど…カナデの側を離れたくなくなってしまったんでしょ?」

「………」


ミツキは仏頂面でいたが、やがて観念したように大きくため息を吐いた。


「そうだよ……お前の言う通りだ」


始めはただの興味本意だった。吸血鬼の自分に勇ましく立ち向かい、殴った女なんて初めてだった。だからもう一度会いたいと思い、奏の学校にわざわざ転校して家にも無理矢理転がり込んだ。

思えば、初めから奏に惹かれていたのかもしれない。強く振る舞う彼女に。心はあんなにも脆いのに、決して弱さを見せようとしない奏に――


「俺は奏が好きだ」


ミツキは佐々等や崎本と話す奏を真っ直ぐ見据えながら言った。


「誰にも取られたくない。……例え誰かに奪われていたとしても、すぐにでもさらってしまいたい」


顔の知らないレイを考えながら、ミツキは抑えきれない想いを溢す。今まで誰にも伝えなかった想いを、友人に全てさらけ出す。


「もう……奏から離れたくないんだ」


ミツキの切なる想いを間近で聞き、サクヤは口角を上げた。


「こんな素直なミツキ、初めて見たよ。……ミツキを素直にさせてしまうくらい、彼女は魅力的なんだね」

「……」


それを聞いたミツキがジトリとサクヤを睨み付ける。勘違いをしている様子のミツキに、サクヤは肩を竦めてみせた。


「カナデはオレのタイプじゃないよ。あんな強気な子じゃあオレの実験台にはなってくれないでしょ?」

「…お前のタイプは実験台になるのが大前提なわけ?」

「うーん…強いて言うなら、優しい子かな。おっとりしていて、ふんわりと笑う子」

「………ふぅん?」


奏と正反対だなと思っていると、チリンチリンと来客を告げるベルが鳴った。ミツキが目を向けると、白いワンピースを見に纏った皐が立っていた。皐は奏に近寄り、いつもの優しい笑顔を見せた。


「皐…! 今日まで旅行に行っていたんじゃ…?」

「うん、今日の朝帰ってきたんだけどね、奏に会いたいから来ちゃった! 制服似合っているね、可愛いよ!」

「か、可愛くなんか…!」


顔を真っ赤にしているが、奏は何処か嬉しそうだった。佐々等と久し振りだねと言い合い軽い挨拶をし、店長の崎本にはきちんと礼をする皐。奏の保護者に見えたのは気のせいではない。


「…何だか騒がしくなってきたな」

「………」

「………サクヤ?」


返事が返って来ず、怪訝に思ったミツキがサクヤに目をやる。

サクヤは、ぽうっととり憑かれたかのように一点を凝視していた。その視線を辿ると、皐に辿り着く。皐を見つめるサクヤの頬は、ほんのりと赤くなっていた。友の様子にピンときたミツキはニヤニヤと笑いながらサクヤの頭を肘で小突いた。


「お前の好み、ドストライクだな」


それを聞いたサクヤは顔を真っ赤にして立ち上がった。


「ん…なな……何を言っているんだっ!」

「確かに花村は優しいぞ? 俺が仲を取り持ってやろうか?」

「いいよ! そんなのいらないっ!」


サクヤにしては珍しく取り乱し、大声を上げる。その声に気付いた皐が、こちらに顔を向けた。その瞬間、サクヤは更に顔を赤くしてそっぽを向く。

彼は冷静沈着で口が悪いが、照れた様子を見るのは初めてだ。友人の新たな一面を見てしまい、ミツキの口角が吊り上がってしまう。


「あ、暗野君もいるんだ! みんな勢揃いだね。暗野君もここで働いているの? 二人は本当に仲がいいね!」

「な…! 仲良くないよ!」


 何も知らない皐がにこにこと笑いながらミツキのいる席へと近付く。それにつられて奏と佐々等も一緒になって寄って来た。全員集合したのを確認すると、ミツキはわざとらしく溜息を吐いた。


「何を言っているんだよ奏。俺達の仲はこいつが一番よく知っているだろう? ……な、サクヤ」


言いながらそっぽを向いたままのサクヤの肩を叩く。不自然すぎる問い掛け。いつものサクヤなら「何でオレが二人の仲を知っているんだよ」と冷静に返すのだが、皐の登場で平静を保っていられず、ビクリと肩を跳ね上げてからただただ首を振るだけだった。


「あれ、その子は…?」


サクヤに気付いた皐が、こてんと首を傾げる。サクヤは慌てて皐に背を向けようとしたが、ミツキに両肩を掴まれて無理矢理身体を向けさせられた。


「あっ……!」


皐と視線がバッチリと合う。その瞬間、サクヤの顔がみるみるうちに赤くなっていった。


「こいつはサクヤ。俺の友人だ。趣味は実験で好きな食べ物は甘いもの全般」


ミツキが胡散臭い笑みを浮かべながら、サクヤの簡単な紹介を述べる。


「へぇ…! 甘いもの、私も好きだよ。実験って…?」

「大体は怪しい薬とか作ったりしているが、役に立つ薬も作っているんだ。今も実験しているんだよな、サクヤ」

「………む」


上手く返事が出来ず、サクヤは首を縦に振るだけで自分の思いを表現する。その様子は、どう見ても人見知りをする幼い子供だった。


「へぇ! すごいんだね! 私も何か作ってもらっちゃおうかな! 私は花村皐だよ。よろしくね、サクヤ君!」

「……よろしく」


サクヤは赤い顔を下に向けながら、ようやくまともな挨拶をした。


「……何でサクヤ、あんなに取り乱しているわけ?」


いつもは澄まして生意気そうな彼なのに、今は何故だか激しく動揺しているサクヤを不思議に思う奏。サクヤの恋心に、奏は全く気付いていなかった。


「はぁ、原田奏……お前、分からないのかよ」

「……何」


呆れたようにため息を吐く佐々等に苛つきながらも、理由が知りたいのでぶっきらぼうながらも聞く。佐々等は舌を鳴らしながら人差し指を振ってみせた。


「それはお前、青春って奴だぜ!」

「……青春?」


奏の頭には更にクエスチョンマークが広がる。サクヤの態度が、青春とどう関係あるというのか。

未だに理解出来ていない奏。この鈍感さに、ミツキや佐々等がこれから苦労するのは目に見えていた。そんなミツキは、サクヤをからかおうと、ニヤニヤと笑っている。


「サクヤ、花村に何か聞きたい事はないのかよ? 初めて会ったばかりなんだ。お互いの事をもっと知りたいだろう…?」

「……ミツキ。………怒るぞ」


からかわれていると気付いたサクヤが、眉間に皺を寄せてミツキを睨み上げる。するとミツキは声を上げて笑った。


「ハハッ悪い悪い。動揺するお前なんて滅多に見られないからな。ついからかいたくなった」

「動揺?」

「……ミツキの言葉はあまり真に受けちゃダメ…だよ」


きょとんとする皐に、サクヤは目を合わせずに何とか言葉を発した。


「うんうん、青春だなぁー!」

「……だから何が?」


完全に傍観者になっている佐々等が何度も頷く様を、奏は不服そうな顔で見ていた。

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