第49話

「あ、みんな! パレードがそろそろ始まるみたいだよ!」


リックの声で全員が一斉に柵の方へ集まり、見下ろす。何処からかファンファーレの音が聞こえ、明るい音楽が聞こえてきた。道の端で待っていた人々もパレードの始まりの音を聞き歓声を上げる。


「あ、本当だ! うわー楽しみー!」


柵の前でぴょんぴょんと跳んではしゃぐラビィ。


「本当だね!」


燈も喜ぶが、ふと音の出所は何処なのか気になり、辺りを注意深く見てみる。すると、道の端に三メートルはありそうな花が等間隔で並んでいる事に気がついた。

人間の顔の大きさくらいの花びらはチューリップのようだ。細いがしっかりとした茎は地面にしっかりと根を張っている。蕾が少し開いており、どうやらそこから音が聞こえているらしい。

あの花がスピーカー代わりのようだ。さすがミレジカ。細部までファンタジーだ。軽快な音楽で今まで眠っていたオロロンもパッチリと目を醒まし、リックの頭の上に乗っかった。


「ロロ! やっと始まるろん! シェルバーもいるかな!」

「オロロンは本当にシェルバーが好きだね」

「当たり前だろん! シェルバーはお兄ちゃんだから!」

「そ、そっか…」


本人(?)が言っても、燈はどうしてもオロロンとシェルバーが兄弟と思えなかった。


そして、とうとうパレードが始まった。様々な鳥達が羽ばたき、首にかけられた籠の中から花弁を摘まんで落としていく。


「わあ、すごい…!」


花弁のシャワーに感嘆していると、燈の元へ一羽の白い鳩がやってきた。小さなシルクハットを被っている。鳩は戸惑う燈の前で籠から赤い花弁を取り出すと、


「どうぞ、お嬢さん」


そう言って、花弁を摘まんで渡してくれた。


「わ、ありがとう…!」


受け取って礼を言うと、シルクハットを被った紳士な鳩は、ニコリと笑って羽ばたいて去って行った。


「相変わらずキザな奴だな、あいつは…」


横で見ていたライジルが吐き捨てるように言う。


「ライジル、知っているの?」

「まあな。…まあ、あんな鳩はほっておいてパレードを楽しめよ燈」


あまり好きではないのか、ライジルは顔をしかめて言った。鳥達が花弁を散らせ始めてから少しして、道に人影が現れた。

まず道に現れたのは動物、獣人など様々な種族の子供達。三列になって歩く子供達は清潔感のある白い服を着ており頭には色鮮やかな花のレイを乗せている。全員赤色の花があしらわれたブーケを持っており、ブーケは赤いリボンで飾られている。

そのリボンは一本に伸び、列に並んでいる子達のブーケを繋いでいた。楽しそうに笑顔でいる子や、ガチガチに緊張してしまっている子がいる。


「皆可愛いねー。リックと同じくらいかな?」

「あー。多分一緒だよ。あんまり話した事ないけど」

「そうなの?」

「うん、僕…同じ年の友達っていないんだよねー」

「え!?」


まさかの言葉に、燈は思わずぎょっとしてしまった。明るくて人見知りもしなそうなので、てっきりリックは友達が多いものだと思っていた。

そういえば、同年代の子供と一緒にいる所を見た事が無い。まさか、仲間はずれにされているのでは…?という考えが頭を過ったが、


「あの子達と話が合わないんだよねー。皆子供っぽいっていうかさ」

「……あ、なるほどー…」


リックの言葉に納得してしまう。そういえば、リックは頭が良いのだった。普段は子供らしいから忘れがちだが、こちらの世界の学校である教養所を飛び級で卒業したリック。もしかしたら、私よりも頭が良いのでは。そう思ったら、何だか溜め息が漏れてしまった。

子供たちの列が終わると、次は同じ格好の人々が少しも列を乱さずに行進している。シェルバーのような群青の軍服を着ている。足の高さも大きく振る腕も同じ角度で、一糸乱れぬ行進に思わず歓声を上げる燈。


「すごいねえ…!」

「この人達は城の従者のようだね。…となると次がリュラ達の番だろうね」


ウィルが蒼色の瞳で行進を見ながら、独り言のように言う。


「従者さん……って事はシェルバーさんもいるのかな?」

「そうだろん! シェルバー何処かなあ…!」


視界の端で黒い物体がはしゃいでいるのが見えた。

シェルバーの弟であるオロロンは、兄の事になると本当に嬉しそうにする。一人っ子の燈は、その姿が何と無く羨ましく感じた。

一生懸命兄を探すオロロンの協力をしようと、軍服の人達の中にいるはずのシェルバーを探す。

しかし。


「……あれ?」


何処を探しても、金髪でベレー帽を被った青年は見当たらなかった。


「おろろん……シェルバーいないろん…」


柵にへばりついて探していたオロロンも見つけられなかったようだ。大きな瞳が涙で潤む。


「何でいないんだ? あいつは一応女王補佐だから行進から除外されるなんて事ないと思ったが」


ライジルも探していたのだろう。行進から目をそらさずに眉間に皺を寄せて言う。


「うーん…。じゃあ次出てくるんじゃないのー?」

「忘れたのラビィ。次は最後のヒューオとリュラジョーだよ」


あまり興味が無いのか、適当に言うラビィにリックが律義に訂正する。


「……」


ウィルは薄く笑みを浮かべたまま、リュラの乗る馬車が来る方向に視線を向けていた。

結局シェルバーが見つからないまま、大トリのリュラとヒュウの馬車がやってきた。馬車の姿を見た途端、住民達がわっと歓声を上げる。


「すごい人気だね…!」

「そりゃあそうでしょ!だってリュラジョーとヒューオだもん!」


リックは年相応に目をキラキラさせて興奮した様子であまり答えになっていない事を言う。こういう所は、本当に子供っぽい。白馬に引かれた白い馬車は、屋根が無いもので人が五人は入りそうな広さだ。馬車に乗っているのは、勿論二人。


「わあ…綺麗……!」


燈は歓声を上げる。リュラはいつも一つに纏めている赤い髪を下ろし、金色のティアラを付けている。

髪色と同じドレスは胸が大きく開いているので、胸元の銀色の鱗が遠目でも目立って見える。

いつもライダースーツに身を包み、煙管を吹かしているイメージが強かったので、優しく微笑みながら住人達に手を振っているリュラはとても新鮮だ。


「すごく綺麗……」


燈は頬に手を当ててほう、と息を吐いた。


「本当、綺麗だよねー…あの美しさと神秘的な雰囲気は龍族特有のものだなあ。……ねえ、ライジル?」

「……」


ラビィが話を振ったのに、ライジルは何も答えない。不思議に思った燈がライジルの顔を覗き込むと、彼はぼうっとした表情で馬車を見下ろしていた。心なしか、頬が赤いように見える。

ラビィもライジルの異変に気がついたようで、いたずらを思いついた少女のようにニヒヒと意地悪そうに笑った。


「あらぁ? ジルちゃんリュラジョーに見惚れているのー?」

「バッ……違う!!」


途端にライジルの顔が面白いくらいに赤くなる。

否定はしているが表情が真実を物語っていて、燈も思わずクスリと笑ってしまう。


「隠さなくてもいいよ。だってリュラさん、同性の私が見惚れるくらい綺麗だもん。ライジルの気持ち分かるよ」

「だ、から! そうじゃないって…!」

「ねえ、ウィルもそう思うよね?」


慌てて誤魔化そうとするライジルの隣にいるウィルに話を振ってみる。


「うん、そうだね」


すると全く気持ちの無い返事が返ってきた。笑顔で答えているものの、感情が籠っていないと思ってしまうのは何故だろうか。

ウィルはリックのようにはしゃがず、ラビィのように羨望せず、ライジルのように見惚れるわけでも無く、ただ笑顔を張り付けたまま馬車に乗るリュラを見下ろしていた。


「……」


少しも楽しんでいない。彼はパレードをただ見ているだけで、何も感じていないのではないかと思ってしまう。

彼にとっては、パレードもただの景色。変わり映えのしない殺風景な部屋にいても、人々が感銘を受けるような大自然の風景を目にしても、同じ瞳でその景色を見るのだろう。何と無く、そう思った。


「ヒューオ、顔の発疹治らなかったのかな…」


ウィルの横顔を複雑な気持ちで眺めていると、ふとリックがそんな事を呟いた。


「あ…」


ヒューオ。ヒュウ王。ミレジカの王であり、リュラの夫である男。リュラの美しいドレス姿に見とれてすっかり忘れていたが、彼の姿を見たいと熱望していた燈はすぐさま視線を女王の隣に移動させた。


「……あれ?」


真っ青なマントに身を包み、右手で手を振る人物は体格からして男だという事は分かる。しかし、顔は煌びやかな王冠より垂れる白い布によって顔が隠されており、彼の表情が全く分からない。

以前リュラが、ヒュウの病気で発疹が顔に出ていると言っていた。パレードに出席する程回復はしたが、顔の発疹は治らなかったのだろう。ヒュウの顔が見れなかった事は残念だったが、病気なのに国民の前に姿を現す事に感銘を受けた。

隣に並ぶリュラより頭一つ分大きく、布のせいで前が見えない為か、手を振る仕草が何処かぎこちない。体格は青いマントによって隠されている為、男と判別出来るくらい。左手は青いマントの下にやったままで出そうとしない。


「……何か、今日のヒューオ…いつもと違く無い?」


ふと、ラビィが呟いた。


「え、そうなの?」


初見の燈にはヒュウの違和感が分からないので、聞き返してしまう。


「うん…。何かいつもはもうちょっと堂々としているっていうか…。あ、でも堂々とした人じゃないんだけど…肝が据わっているの。なのに今日は挙動不審なんだよね…」


確かに顔をあちこちに向けて、ぎこちなく手を振る姿は挙動不審だ。とても肝が据わった人だとは思えない。


「具合が悪いから…とかかな?」

「うーん…そうだといいんだけど」


腑に落ちない、といった表情でラビィは口を尖らせた。


「うーん…」


そして唸っているのがもう一人。短い手でくちばしを触って何かを考えている黒くて丸いフォルムの鳥の獣人。


「オロロンどうかした?」


柵にしがみついて考え込むオロロンに、燈は声を掛けた。

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