第28話

「私も今度願いを叶えてもらおうか」

「それならこの紙に書いて送ってよ! 職場に届くようになってかるからー!」


リュラがポツリと呟くと、ラビィがすかさず拾い、そして何処からか白い紙を取り出した。これがウィルの言っていた、魔法の紙のようだ。見た目は普通の白紙の紙だ。


「……ああ、ありがとう」


リュラは苦笑しながらラビィから紙を受け取った。


「……きっと、少ししたら私の願いが届くと思う。……その時は、頼むよ」

「……?」


気のせいだろうか。リュラの表情が、一瞬だけ憂いを帯びたような気がした。


「よし! じゃあ戻ろうか燈!」

「う、うん」

「……もう戻るのか? ここにはライジルがいるだろう? 先程私が橋の建設を見に行ったが、彼が作業していたぞ?」

「あー、いいのいいの! あいつはあいつ、私達は私達ー!」


ニコニコと言うラビィにライジルを思いやる気持ちは皆無だった。ここまで来ると、何だか気持ちがいい。苦笑していると、ラビィの背後から突然虎模様の腕がにゅっと現れた。


「随分と冷てぇなぁラビィ」


低い声が聞こえたと同時に虎模様の腕がラビィの頭にドシリとのしかかった。


「ぎゃ! ラ、ライジル!?」


虎模様の腕は、もちろんライジルのものだった。


「ライジル! もう仕事は終わったの?」

「ああ、橋の建設は終わった。明日からまた書類整理だ」


ライジルの頬は土埃で少々汚れていた。


「ちょうどいい所にライジルが来たじゃないか。これで仲良く三人で帰れるな」


リュラが微笑んでそう言うと、ラビィはライジルの腕から逃れ、苦虫を噛み潰したかのような表情を見せた。


「もう! リュラジョー勘弁してよー! 私はこんな獣野郎と仲良くなんてないってばー!」

「うっせ! 俺だってお前と仲良くなった覚えはねぇよ!」


ライジルはそう言い捨ててから、リュラに目を向けた。その瞬間、瞳から厳しい色が消える。


「リュラ……ここにいていいのか?」

「ああ、仕事は旦那に全て任せてきた」


リュラはフ、と笑むとまた煙管を吸い始めた。


「え、リュラさん旦那さんがいるんですか?」


新たな新事実に、燈は目を丸くする。するとライジルが不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。


「ああ? 当たり前だろうが。だってリュラは……」

「フフ、いてもおかしくはない歳に見えるだろう?」


ライジルの言いかけた言葉を遮り、リュラは妖艶に微笑んだ。リュラの言われた通り、燈より年上に見える彼女は夫がいてもおかしくない。こんなに素敵な人を射止めた夫は一体どんな人なのかとても気になった。


「旦那さん、どんな人なんですか?」

「ん? …まぁ、真面目だな。ひょろりとしているが、いざという時に頼りになる…いい男だよ」


リュラは少しも恥ずかしがらず、堂々と言い切った。そんな姿が、燈にはとても輝いて見えた。自分も将来素敵な相手を見つける事が出来るだろうか、と考えているとーー


『私達は夫婦に見えるかな?』

「…!!」


ふと、ウィルに囁かれた事を思い出し、燈は顔を真っ赤にした。


(な、何間に受けているの私……! あれはただ私をからかっただけなんだから……!)


そう言い聞かせても、なかなか頬の熱は冷めなかった。赤い顔をしている燈を見て、リュラはつり上がった目を僅かに垂らした。


「燈にも大切な人がいるようだな…」

「え!? いないですよそんな人っ!」


その言葉に過剰に反応してしまう。その様子を見たリュラは美しく微笑み、その手を燈の首の後ろに回したかと思うと突然距離を詰め、息が掛かるくらいまでの近さになる。


「知っているか?」

「な、何をですか?」


リュラからいい匂いがして、妙にドキマギしてしまう。右頬に鱗のある美女は優しいような、意地悪のようにも見える表情を浮かべていた。


「大切な人、と言われて一番始めに浮かんだ人が燈の大切な人だ」

「…え!」


ぼ、と頬が音を立てて赤くなったような気がした。先程から燈の頭を離れないのは勿論仮上司様。


(私が……ウィルを大切に思っている? そんな、そんなわけ……!)

「えー! 燈好きな人いるの? 教えて教えてー!」


恋話が好きそうなラビィがキラキラと目を輝かせてリュラと同様に燈に詰め寄る。


「い……いないってば!」

「えー! じゃあ私が当ててあげるー! 絶対ウィルでしょー!?」

「ちっ……違うよ!!」


否定はするものの、耳まで赤くなってしまう。


「あはは! 燈顔真っ赤!」


ラビィはニマニマしながら燈の耳を指でつついた。


「大丈夫だよ燈! ウィルには内緒にしてあげるから!」

「だから違うってば!!」


燈は必死に否定するが、ラビィは完全に聞く耳を持っていなかった。


「……アホらし」


ただ一人恋話に興味のないライジルは、欠伸をしながら呟いた。

燈を充分からかい、満足した所でリュラが思い出したかのように「そうだ」と呟いた。


「お前達、ウィルに伝えて欲しい事があるのだが……」

「ああっ! やっと見つけた!」


リュラの話を遮るほどの大声を上げ、遠くから青年が駆け寄って来た。二十代前半くらいだろうか。金の髪に藍色の瞳。精悍な顔をした男だ。群青色の軍服のような服を着ている。頭には何故か服と同じ色のベレー帽。その男を見て、リュラはゲ…と顔をしかめた。


「……シェルバー」

「もう、探したんだぞ? すぐにいなくなるんだから!」


リュラにシェルバーと呼ばれた男。右腕は普通だったのだが、左腕が異形だった。腕から手首にかけて鳥の羽が生えていた。手は鷲のように鋭い爪。その姿はまるで翼の欠けた鳥のよう。


「一服くらいいいだろう」

「その一服が長すぎるんだよ! それに身体に悪いんだからあまり吸っちゃ駄目!」


ひょいっとリュラから煙管を奪う。リュラはやや不満げな表情を見せた。


「……あの人、誰?」


突然現れ、あのリュラに注意しているシェルバーの正体が気になり、ライジルにこっそりと尋ねる。


「シェルバー。リュラの家来だ」


ライジルはぶっきらぼうに答えた。シェルバーはリュラさんの家来。妙な違和感に、燈は首を捻った。


「家来って……もしかして部下の事?」


ライジルが言い間違えたんだと思った燈。リュラはここレイアスで働いていると思い込んでいた。するとライジルは面倒くさそうに顔をしかめた。


「はぁ? 馬鹿か。部下なわけねぇじゃないか」

「……え?」

「だってリュラは……むぐっ」


言いかけたライジルの口を、リュラが手で塞いだ。


「おいおい、そんな簡単にバラすなライジル。面白味がなくなるだろう」

「……! ……!」


息が出来なくて苦しいのか、ライジルは顔を赤くしてリュラの手を叩いた。


「厄介な男に見つかってしまったな。私はこれでおいとまするとしよう」


ライジルを開放すると、リュラは美しく微笑んだ。


「ラビィ、ライジル。また会おう」

「うん、リュラジョーまたねぇ!」

「……ああ」


ラビィは手を振り、ライジルは咳き込みながら片手を挙げた。


「燈。今度のパレード、是非来てくれ。ミレジカの華やかな雰囲気を味わってほしい」

「あ、はい!」


パレードとはウィルが以前言っていた事だろう。

確かレイアスの城前で行われるという……ミレジカに来て日が浅い燈にこの世界の事を知ってほしくての言葉だろう。燈はそう解釈した。


「では、またな」


そう言ったと同時に、リュラの背中から翼が飛び出した。鳥のような羽の翼ではなく、例えるなら…コウモリのような皮膜の張った翼。その翼をはためかせ、リュラは空に飛び去っていった。鱗があったからてっきり魚類か爬虫類かと思っていたが、一体何者なのだろう。燈は唖然としながらリュラの背中を見送った。


「あぁっ! 俺が飛べないのをいい事に!」


家来であるシェルバーは情けない声を上げ、リュラを追い掛けて走り出した。

そして、シェルバーの次の言葉に、燈は更に驚く事になった。


「待ってよ女王ーっ!!」

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