第24話

ウィルが歩いて数十分。トナマリの特徴的なレンガ造りの家ではなく、白い清潔感のある外壁の家が目立つようになってきた。人通りもトナマリより多く、道もきちんと舗装されていた。そして……


「あ、馬車!馬車だ!」


初めて見た馬車に興奮する燈。ベシベシとウィルの肩を叩いた。毛並みの整った優雅な白馬が二頭引っ張っている馬車。その色は白馬に似合わない濃い緑色をしていた。その馬車が横を通り過ぎた時、ふわりととある野菜の臭いが鼻孔をくすぐった。


「え? もしかして……カボチャの馬車?」


後ろを振り返ってよく見てみる。馬車はカボチャの形にそっくりだった。


「えー! カボチャの馬車!? すごい!!」


燈は純粋に感動する。カボチャの馬車は女の子なら幼い頃に誰しも憧れるはずだ。


(その行き先にお城があって、王子さまが待っている……なんてね)


うっとりとした表情で馬車を見送っていると、ウィルも首だけ振り返らせた。


「ああ、カボチャの馬車か。……でも今は乗らない方がいいよ」

「え、何で?」

「カボチャの旬の時期が過ぎているから傷み出している。そろそろ異臭がし始めるよ」

「………」


何でそういう時は現実的なのだろう。ウィルの言葉で、憧れていた気持ちが一気に冷めてしまった。

しばらく道なりに歩いてから、ウィルが「ここだよ」と足を止めた。


「うわぁ……すごい…!」


目の前の城を見上げ、燈は感嘆の声を漏らした。漫画でしか見た事が無いような立派な城が建っていた。自分が小さいので、幾分か大きく見えているのもあるが、それでも城の迫力は圧巻だった。

立派な白塗りの門の前にはいかつい男二人が立っていた。赤い軍服のようなコートを羽織っており、ここの門を守る門番なのだろう…と燈は思った。パレードが数日後に行われるからなのか、城門前は多くの人で賑わっていた。


「こんな人混みだと見つかりそうもないね」


ウィルの肩の上で辺りを見渡す燈。こんなに人がごった返していると、小さな猫は見つかりそうもない。


「そうだね。……でも、猫の事だから…」

「……あ、え?」


ぐらり、とウィルが動いたので燈はグレーのマントを慌てて掴む。自分の身体は小さいままなのに、視界がどんどん上がっていく。ウィルが飛んでいるのに気付いたのは、周りが驚きの声を上げたからだった。


「……!!」


ウィルの足が宙を浮いている。地上では、驚いた顔でウィルを見上げるミレジカの住人達が見えた。

燈は高い所が苦手。どんどんと遠くなっていく地面を見て、目眩がしてしまう。声も出せずに目を瞑り、マントにしがみついていると……ウィルの足がストンと何処かに着地した。怖々と目を開けると……そこは青塗りの屋根の上だった。

呆然としていると、すぐ近くのウィルの顔が微笑んだのが見えた。


「猫だったら屋根の上にいるのだろうね」


その言葉で、猫を探す為に飛んで屋根を登ったのか……と気付いた。


「も、もう!突然飛ばないでよ!」


燈はマントの上からウィルの肩を叩いた。しかし、そんな事をしてもウィルは痛くも痒くもない。その証拠に、ウィルは笑みを絶やしていなかった。


「あ、そういえば高い所苦手なんだっけ?ごめんごめん。ちゃんとメモしておかないと」


気持ちの籠っていない謝罪をしてから、黒い手帳を取り出して何かを書き込むウィル。それを聞いたら、怒りを通り越して何だか呆れてしまった。


「近くに三毛猫はいるかい?」

「うーん……」


言われて、辺りを探してみる。城を囲うように並ぶ屋根は青に統一されている。肩の上で立ち、目をすぼめて見回していると……二軒離れた屋根の上で上で日向ぼっこをしている猫が目に入った。……三毛猫だ。


「いた!」


大声を上げて三毛猫を指差す。ウィルは指の方向へ向かった。屋根を二つ飛び越え、三毛猫のいる場所に辿り着いた。近くに人がいるというのに、三毛猫は喉を鳴らして気持ち良さそうに寝転んでいた。


「あなたミケ?」


燈が尋ねると、三毛猫はパチリと片目を開けた。


「んおー? 誰だい君達はー?」


鼻に掛かった、調子のいい声。どうやらミケのようだ。


「私は燈。こっちはウィルだよ」

「燈とウィルねー。はいはい何の用ー?」


ウィルの名前を出したが、ミケは特に触れる事はせず、寝転んだまま軽い調子で聞いてきた。


「タートンの家を知らない?」

「タートン……タートンねー。……んー。誰だったっけー?」


ミケの尻尾がパタパタと動く。しばらく考えてから、ミケの尻尾が動くのを止めた。


「あーはいはい、タートン婆さんだ! 知ってるよ知ってる!よくご馳走になるんだよねー」


よくご馳走になっていた割には、忘れてしまうようだ。出会って数分だが、ミケが適当な性格だというのがよく分かった。


「ちょっとタートンの家に案内して欲しいんだけど…」

「あー、それは駄目だよー」


そう言うと、ミケはゆっくりと起き上がった。


「え、何で?」


てっきり快諾してくれると思っていたので、燈は目を丸くさせた。


「初めて会った人に僕の大切なタートン婆さんの場所には行かせられないよー」


先程の言葉があるから、言葉に重みが感じられない。燈は胡散臭そうにウィルの肩の上からミケを見下ろした。すると今まで黙っていたウィルが口を開いた。


「君とは初対面だけどね、タートンとは何回か会っているよ」


違和感のある言葉に、燈はウィルの顔を見る。彼は先程タートンの家を知らないって言っていた。それに、顔見知りなら事前に言うと思うのだが。そう思っていると、ウィルが横目でこちらを見た。そして、その瞳をウインクさせた。どうやらウィルはミケに案内させるよう、出任せを言っているようだ。燈は理解した、という意味を込めてコクリと頷いた。


「えええ? 嘘だぁー」


さすがのミケも怪しいと思ったようだ。ウィルを訝しげに見上げながら周りを歩く。ウィルは少しも動揺を見せず、しかも「じゃあ証拠を見せようか?

何個か質問してごらん?」と、墓穴を掘るような事を言い出した。

聞いている燈は気が気でない。いくら魔法使いのウィルでも、知らない相手の事を知る魔法なんてないと思う。


「よーし、じゃあ言うよー…………」


ミケはニヤリと口角を上げた。……ように見えた。


「……」

「……」

「……」


いくら待ってもミケの口から質問は出てこない。長い沈黙が続く。……しばらくしてミケの口から出てきた言葉は。


「………あれ、僕あんまりタートン婆さんの事知らないんだったー」


という何とも間抜けなものだった。燈はウィルの肩からずり落ちそうになった。


「じゃ、いいか。案内するよー」


ミケは適当に言うと、「ついておいでー」と歩き始めた。ウィルの出任せは、ミケの適当さを見越して言ったようだ。

あまりの適当なミケに、燈は酷く不安になる。しかし、頼りになるのが彼しかいないので、燈は黙ってついていく事にした。



*****


「あれー。こっちだったかなー?」


前を歩く三毛猫は首を傾げた。その言葉を聞いたのは何回目だろうか。屋根の上を渡り、一人しか通れないような狭い道を入ったり。ウィルの機転が無かったら、とっくにへばっていたと思う。


「……ねぇ、本当に知っているの?」


フラフラと揺れる尻尾を胡散臭そうに見つめる。ミケの足は自信ありげに力強く歩んでいた。


「知ってる知ってるー! 何回行っていると思っているのー」

「……何回?」

「そりゃあもう! ……………あれ、何回だっけ?」


何だか何も言う気にもなれない。燈は深いため息を吐いた。


「……ねぇ、ウィル…」

「うん?」


ウィルは顔を前に向けたまま応じる。何時間も歩きっぱなしで、ミケに振り回されているというのに、ウィルの表情は少しも変わっていなかった。


「…他の方法で探した方がいいような…」

「そう?」


適当なミケについていくより、レイアスの住人に聞き込みをした方が絶対に早いと思う。すると話を聞いたミケが身体ごと振り返った。


「大丈夫だよ! だーいーじょーぶー! 僕に任せなよー」

「……本当ぅ?」

「もうすぐだよ! あと………何分かは分からないけど!」


絶対に大丈夫ではない。ミケの言葉には全く説得力がない。ここまで適当な猫もいないのではないだろうか。そう思われているとは露知らず、ミケは目を細めて笑った。


「そういえば君小さいよねー! 妖精?」


以前同じような質問を牛のモウにされたのを思い出した。燈は首を左右に振った。


「人間だよ」

「あー、なるほどね! 小さい人間もいるんだねー!」


ウィルの肩に座っているので、ミケからは燈が見えづらいようだ。首を左右に揺らし、燈がよく見える位置を探していた。


「これはウィルの魔法で…」

「ウィルの魔法でねー! なるほどなるほど」


話している途中で、ミケは軽い口調で何度も頷いてみせた。……が、自分の言葉に「あれぇ?」と首を捻らせた。


「ウィルって魔法使いのウィル?」

「そうだよ」


ウィルはいつもの穏やかな表情で頷いた。


やはり、こんな適当なミケまでウィルを知っている。ミレジカの願いがあの部屋に集まるというのだから、会社を取りまとめているウィルの名を知られているのは不自然ではないと思う。

……しかし。住人のウィルを見る眼。憐れむような、怯えるかのような眼差し。それが、燈の疑問を膨らませていく。

ウィルは何か悪い事でもしてしまったのだろうか。だから住人に怖がられている?ミケも……ウィルを怖がるのでは?そう思っている中、ミケは口を開いた。


「へー。初めて見たよ。グレーのマントを羽織ってるって聞いていたけど、気付かなかったー」


いつもの軽い調子だ。怯えた様子なんて微塵も感じられない。それどころか、ウィルに寄って顔をまじまじと見つめていた。

てっきり他の人と同じ反応をすると思ったが、それは特定の人だけなのだろうか。一瞬そう思った時だった。


「……それだけ?」


ポツリ、と言葉が溢れた。燈ではない。その言葉は……ウィルの整った唇から出たものだった。思わず燈はウィルに顔を向ける。

彼は少々戸惑っているように見えた。笑みを消し、足元の三毛猫を見下ろしている。だが、あの時のように冷たい光は宿っていなかった。

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