第21話

行きたがるラビィを留守番に残し、燈達は早速オロロンを探す事にした。メンバーは燈とウィル、そしてリック。リックは一歩前に出て、鼻をヒクヒクと動かせていた。


「あっちからオロロンの匂いがする!」


そう言って二人を先導する。


「なるほど。犬だから鼻がいいんだね」

「探し物は得意なんだよ!」


リックは自慢気に言った。始めはウィルと二人で行く予定だったのだが、リックが「僕を連れて行った方がいいよ!」と立候補したので三人でオロロン探しをする事になった。

ライジルはまだ橋の建設が終わっていないので、そちらに手伝いに行った。ラビィは「一人じゃ嫌だー!」と駄々をこねたが、ウィルの無言の圧力に負け、渋々見送った。

何回か通った商店街の通りではなく、裏道を通る。日当たりが悪いので、湿気でじめじめとしていた。


「ず、随分狭い所に行くんだね」


ちょうど大人一人が入れるくらいの狭さだ。裏道といっても、明らかに人が通るような場所ではなかった。リックの丸まった尻尾が揺れているのが視界に入る。その尻尾をぼんやりと見つめていると、ふとリックが歩きながら振り返った。


「オロロンってば何処に行ったんだろ? ウィル知ってる?」

「確か……レイアスだったかな? そこに依頼者がいるって言っていたよ」


その問いに、一番後ろにいるウィルが手のひらサイズの灰色の手帳に目を通しながらのんびりと答えた。

レイアスは確かミレジカの一番栄えている所だ。それを聞いたリックが「ええっ!?」と大きな目を見開かせた。


「レイアス? 方向音痴のオロロンにそんな遠い所行けるわけないじゃないか! 何で行かせたの?」

「え? 止めた方がよかった?」

「当たり前だよウィルの馬鹿!」


リックは頬を膨らませて怒る。その怒り顔に迫力は無く、真正面から見た燈は不覚にも可愛いと思ってしまった。


「そっか…そこまで考えられなかった」


背後にいるので表情は見えなかったが、何処か寂しそうに聞こえた。


「全く! ……まぁ、ここまで何も言わなかった僕達も悪いけど……」


少し言いにくそうに口ごもる。確かにウィルが気付かなかったとしても、一人くらい気付くはずだ。なのに、一ヶ月経ってもだれも言わなかった。燈が言わなかったら、永遠に探されなかったんじゃないのかと思った。

何故だろう。リック達は、わざとオロロンを探していなかったように見えた。


「ねぇ、オロロンってどういう人なの?」


ふとオロロンの事が気になり尋ねる。名前しか聞いた事がなかったので、どんな人なのか興味が湧いた。


「オロロンは泣き虫ですぐに泣いちゃうんだ! マイペースでもあるから、遅いってよくライジルに怒鳴られて泣いているよ」

「へぇ…。オロロンも獣人なの?」

「オロロンは鳥だよ! でも飛べないけどね」


(鳥かぁ…。背中に翼でも生えているのかな?)


燈はまだ見ぬオロロンの姿を思い浮かべた。



*****



どれくらい歩いただろうか。体力に自信のない燈は息が上がり始めていた。


「……リック………まだ……?」

「うーん……まだかな?」


全く疲れた様子のないリックが、前を向きながら答えた。


オロロンを探そうと言ったのは私だけど、まさかこんなに遠くにいるとは。燈は流れ出る汗を拭う。もう少し先に進んでから、リックは「うーん」と苦々しく唸った。


「この道だと、やっぱりレイアスから外れているねー」


方向音痴らしいオロロンはレイアスに辿り着く事が出来ていないようだ。

一体一ヶ月も何処にいるのだろうか。道が分からないなければ仕事場に戻って誰かに聞けば解決したはず。まさか帰る道も分からなくなってしまったのだろうか。燈はふと振り返ってウィルの方を見てみる。


「……ってウィル何をしているの?」


ウィルは灰色のカバーの手帳に何かを書き込んでいた。


「メモをしているんだ。“オロロンは方向音痴だから探す願いの依頼は受けさせない方がいい”……って」

「………はぁ、そうなんだ」


そんな事までメモをするとは、真面目なのか、それとも忘れっぽいのか。ウィルの不思議な行動に、燈はただただ困惑するだけだった。


それからリックの進む方へと続いていったが、一向にオロロンが見つかる気配が無い。燈はへとへとになっていた。

オロロンの匂いを辿って道を行ったり来たりしているので、それほどの距離を移動していない。

裏道から抜け出す事は出来たものの、三人は未だに歩いていた。

こんなに歩いたのだから少しくらい疲れていいはずなのに、前の少年も、後ろの青年も涼しい顔をしていた。リックは何となく分かる。ーー何故ウィルは平気でいられるのだろうか。魔法を使っているイメージしか無いので、体力に自信は無いような感じがしたのだが。


「どうしたの、燈?」


怪訝そうに振り返る燈の視線に気づき、ウィルはにこやかに微笑む。どう見ても無理をしている様子はない。燈は「何でも無い」と言って前を向いた。


ウィルにはには欠点が見当たらない。こうも完璧な人が存在してしまってもいいのだろうか。


「……お?」


そんな事を思っていると、前を歩くリックから声が漏れた。


「どうしたの?」

「匂いが近くなってきた! こっちだ!!」


リックはそう言うと、勢いよく駆け出した。


「あ、リック待って……!」


悲鳴を上げる自分の身体に鞭打って、燈はリックを追い掛ける。背後からウィルがついてくる気配がした。ある程度走ると、リックは突然足を止め、近くの塀を登り始めた。そして屋根によじ登る。


「えええ? ここ登るの!?」

「ほら、燈!」


屋根からひょっこりと顔を出し、小さな手を差し出すリック。燈は嫌々ながらも塀によじ登り、リックの手を取る。リックは子供らしからぬ力で燈を屋根に引っ張り上げた。


「……わっ」


燈は屋根に何とか登る事が出来た。


「ありがとう…」

「どういたしまして!」


礼を言われて、リックは無邪気に笑った。


「ここにいるのかい?」


背後からウィルの声が聞こえ、振り返る。ウィルは塀をよじ登る事はせず、魔法でフワリと宙に浮いて屋根に降り立った。


「……ウィル何かずるい」


何の苦労もせず屋根に登ったウィルに、思わずムッとする燈。当の本人は「そう?」と特に気にした様子は無かった。


「……あ、いた!」


キョロキョロと辺りを見渡していたリックが、突然大声を上げた。


「おーい、オロロンー!」


リックが大きく手を振っている方向に燈は視線を向けた。


(……何あれ)


燈の第一印象はそれだった。リックがオロロンと呼んだ所に、何かがいた。卵のような楕円形の黒い物体。オーバーオールを着ているように見える。その物体は屋根の隅に、こちらに背を向けて座っていたが、リックに声を掛けられた瞬間、こちらを振り返った。

皿のように大きな瞳。尖った口に妙に細い腕。全く見た事の無い異形の姿に、燈は思わず「え…!」と声を上げてしまった。オロロンと呼ばれた黒い物は、どう見ても鳥に見えない。

オロロンはリックの姿を目にすると、その大きな瞳から涙が溢れさせた。


「お、おろろーん! リックだぁー!!」


オロロンは短い足を使って駆け寄ると、リックに思い切り飛びついた。


「リックー!」


オロロンはリックの腕の中でおいおいと泣き始めた。オロロンは11歳のリックよりも小さかった。リックの腕にすっぽりと納まっている。

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